「……もし。もし」



遠くから枯れた声が聞こえる。待って、私はまだ眠いんだって。それに肌に感じるこの寒さといい、閉じた瞼からでもよくわかる暗さといい、まだ朝じゃないって。なんで起こそうとするの?



「こんなところで何をしているんだい? ん? まだ起きていないではないか」



とんとん。肩に優しく触れる誰かの手。
――え、誰!?



「葵ちゃん、そろそろ起きないとお爺さんがかわいそうでしょ」

「あいた!?」



殴った!? 今、智雅くん殴った!? 頭が痛いよ!
文句の一つでも言ってやろうとパチッと目をさまし、勢いよく起き上がった。すると目の前には智雅くんではなく、全く知らないお爺さんが目を丸くして私を見ていた。ちょっと待った。どういう状況なのか全く理解できない。左右を見渡してみたが智雅くんがいなくてさらに混乱。しかし私が智雅くんを探していることは智雅くん自身に伝わったようで「こっちこっち」と背後から聞きなれた声が呼び掛けてきたので、振り返ったら智雅くんがいた。なんだ、後ろにいたんだ……。



「あの、えっと……。智雅くん、この人は?」

「さあ?」



智雅くんも分からないらしい。
お爺さんの姿は着物を着ていた。たすきをかけ、背中にはかごを背負っている。着物の丈は短く、膝の上部分までしかない。その下は……ズボン、かな?



「おはよう。君たちのような子供がこんな山の中で何をしてるんだい?」



にっこりと人の良さそうな笑みで微笑んだ。その微笑に圧倒されて私は返事に詰まった。
このお爺さんが優しそう、であることもそうだったが度重なるトリップで、この世界の世界観を読み取るのに手一杯になったというのもある。着物を着ているのだから、私の生きていた過去の日本とほとんどの同じ文明をもっているのだろうと思ったが、お爺さんはズボンを履いているし、帯から提げているのはランプ。豆電球でできたそれだ。疑問が疑問を呼ぶ。



「俺たち、ちょっとした旅人で」

「あ……ああ。そういうことか! なんだ、てっきり……いや……。そうかそうか。近くに村があるんだが、寄って行かないかい?」

「どうする、葵ちゃん」

「どうせ人里に行くつもりだったし、お言葉に甘えて」



お爺さんはシワを濃くして、少し影のある笑顔をした。私と智雅くんはすぐに移動する準備をして、荷物を纏めた。ちなみに荷物は私の学生鞄のなかだ。別の異世界で学生鞄を改造してもらい、中はブラックホールのようになんでも物が入るし、智雅くんの力で私と彼以外は開けられないようになっていたりどこかに置いていっても瞬時に手元に出現するなどご都合の良い鞄だ。本当に都合がいい。智雅くんが旅仲間になってから私のトリップは比較的、楽になった。ありがとう、本当にありがとう。