やはり、私はまだ智雅くんのことを何も知らない。
親しく話をする智雅くんと秀政くん久太郎くんが少し羨ましい。


「おいガキども。あれを見ろ」


のんびりと煙管を吸っていた山田さんが、遠くに視線を合わせている。しかし山田さんがなにを見ているのか分からない。山田さんの目は良すぎる。私たちがいくら目をこらしても山田さんが何を見ているのか分からなかった。


「あれは、大筒か」

「大筒ってことは、まさか大砲!? このまま船を吹き飛ばすってこと?」

「ご、強引に出ましたね……。まだレベルオーの皆さんが集まっていないというのに……!」


久太郎くんは槍を床にドンと突き立てた。そして山田さんの隣に来ると、大砲を視認しようと真剣に目を凝らす。しかし見ることはできない。監獄島は広く、大きい。人間ではどうしても視認が難しいのだ。


「久太郎。僕はレベルオーの人たちを集めます。あなたは大筒をどうにかしてください」

「だ、だめです秀政! 秀政は異能を使ってはいけません! 智雅!」


唐突に、久太郎くんは焦った。秀政くんが異能を使うと言った途端だ。どうしたのだろうか。秀政くんの腕をつかんで離さない。救いを求めるように智雅くんの方を見た。


「おっけー。秀政はここにいて。原始的だけど俺がお仲間さんたちを誘導してくるよ」


智雅くんは了承。そのまま甲板を飛び出して地面までジャンプすると監獄島へ駆け出していった。
久太郎くんは山田さんに大砲の正確な位置を問い、大砲をどうにかしようと手段に頭を悩ましている。私と秀政くんは蚊帳の外だ。
私には大砲をどうすることもできないため、久太郎くんを見守ることにした。


「久太郎くん、これからどうするの?」

「久太郎の異能は時空間支配です。それを用いた事をするのでしょう。たとえば、大筒を海に空間転移させて落とす、だとか」

「ああ、なるほど」


だから大砲の正確な位置を山田さんに聞いていたのか。あれ? でも待って。久太郎くんが異世界をトリップするのは異能が暴走をしているせいだったはず。それってつまり、異能をコントロールできないってことなんじゃないの? それなのに、視認もできない大砲を空間転移させるなんて……。
嫌な、予感がする。さっと血の気が引く。つい、何もない青空を見上げた。


「大筒は全部で四つだ」

「では、四つ全てを海に落とします!」


久太郎くんは異能を使った。
青空に、黒い点が現れる。
それはまっすぐ、船目掛けて落ちて――。


「たっ、大砲! こっちに、落ち」


死ぬ。圧死する。溺死する!

大砲は大きくなる一方。それを障害するものは全く無い。スピードを緩めず、むしろ加速した。このままでは五秒後には船に直撃する。
大砲に気が付いたのか、久太郎くんは慌てて空を見上げた。
秀政くんは大砲を睨み、異能を使おうとした。
皆が空を見上げるなか山田さんだけは私を見ていた。暢気に煙管を吸っている。そして呟いた。小さく。誰にも聞こえるはずの無い小さな小さな声だった。


「小娘。お前の番だったぞ」と。


それが何を示唆するのか、分からなかった。
私が山田さんを見たときにはもう、大砲は山田さんの神の力によって唐突に、不自然に船を逸れて海へ落ちた。