大蛇。ゴツゴツと岩のような鱗をして、背には苔や木々が付着している。鬼灯のような真っ赤な瞳が獲物を狙うようにこちらを静かに見つめる。厳格な赴きと、恐ろしいまでの冷徹なその大蛇は、むくりと、起き上がった。



「ちょっと、やばいかも……」



智雅くんの一言が重くのし掛かった。落下してペチャンコになるよりも、あの大蛇のほうが怖い。落下する寒さか、もしくは大蛇の恐怖によるものか、何が原因なのかわからないが、私の体は震えていた。かちかちと歯が音をならし、冷や汗がさらに私の体を冷やす。



「葵ちゃん」



さきほどまでふざけて笑っていた智雅くんはどこかへ消え失せ、真剣な表情で智雅くんは私の手を掴み取った。案外強い力で手を取られる。



「ど、どうしよう……。なんか、だんだんこっちに近づいて来るように見えるんだけど」

「近付いてるよ。しかも俺たちを食べる気満々じゃん、あの眼。俺が回避するから葵ちゃんは手を離さないでね」

「でも智雅くんは異能を二つしか使わないって決めてるでしょ?」

「この際そんなこと言ってられないよ。それに葵ちゃんはここで死ぬべきじゃない。まだ若いんだから」

「私より小さい智雅くんに言われても」



智雅くんの手を強く握り返す。赤色の瞳がこちらを睨んでいる。いざ。智雅くんが異能を使い、落下の速度が緩くなる。次第に空中で止まって、そして私たちはその座標から消えた。そして私たちが次に現れたのは地上。



「重力操作と空間転移。久しぶりに使ったなあ」

「ごめんね智雅くん。ありがとう」

「いいっていいって。気にしないで」



智雅くんは手を振り、そして空を仰いだ。空には大蛇の頭がそこにある。しばらくして獲物を見失った大蛇はゆっくりと戻って行った。本当に食べる気だったんだ……。
一時の無事に安堵して、周囲の状況を確認する。山みたいだ。足元は傾斜面。緑の雑草が広がり、ところ狭しと木々が並んでいた。



「とりあえず、近くに村があったから山を降りよう」

「うん、そうだね」



私は学校の制服が汚れないように注意しながら先頭を歩く智雅くんについていく。智雅くんは率先してよく私の前に立ち、戦うことができない私を守ってくれる。小さな体なのに本当にありがたい。どうお礼をすればいいのか頭を悩ませてしまう。
智雅くんとしばらく歩くと日が暮れ、今日は野宿することになった。