な、なんで背後から? ずっと私と同じ空間にいたの?
そう思った瞬間、何よりも速く駆け出した。猛ダッシュで現場から逃げた。後ろなんて見えない何も聞こえない。「いやああああああああ」なんて叫びながら廊下を突き抜ける。


「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」


しばらく走り抜いたところで私は止まり、ここはどこだと周囲を見てみた。


「……」


いや、まあ、確かに、その、あまりの恐怖で何も見ないで本能のままに走り抜いたけどさ。無我夢中だったけどさ……。
まさか、トイレに逃げ込むなんて……。自殺行為でしょ……。


私はとぼとぼとトイレから出ようとしたが、廊下に響き渡る足音にピタリと動きを止めた。なにこれ。なんかヒタヒタ鳴ってますけどなにこれ。なんかこっちに来てない? う、嘘でしょ。
私は物音をたてず静かにトイレに逃げると一番奥にある個室に逃げ込んだ。扉は自然と閉まる仕様であることが幸運だった。わざわざ鍵を掛けずに無人を装う。息を殺して私はトイレと一体になることに専念した。私はトイレ。私はトイレ、私はトイレ私はトイレ私はトイレ……。人間は休業しております。

ヒタヒタ

その音は真っ直ぐトイレへ向かっている。通りすぎることを切に願った。

ヒタヒタ

ああダメだ。トイレに入ってきた。ここから逃げ出したいのに、逃げたら真っ先にこの足音の正体と遭遇するのは必然。私はここで立てこもり祈ることしかできない。

……コンコン。

え? ノック? 一番初めのドアをノックする音が静かに鳴ったと思いきやダンッと荒々しくドアを開ける音が。捜してる。捜してる。私を。

コンコン。ダンッ。

確かここのトイレは四つしかないはずだ。今のは二つ目。
心臓が激しく鼓動する。怖い。手が震える。

コンコン。ダンッ!

隣だ。今のは隣だ。次は私の番だ。
いままで殺してきた人の呪いかもしれない。その報いかもしれない。報復かもしれない。

コンコン。

私はとっさにドアを抑えた。怖い。怖い。歯を食い縛る。こ、こんなの、拷問の痛みに比べればなんてことはない! 処刑のプレッシャーに比べればなんてことはない! ヤマタノオロチのほうが比べ物にならないくらい怖い!


「はぁ、はぁ」


心臓が激しいせいか酸素が足りない。
ドアが開く気配はしないものの、どこからか視線を感じる。まだいる。幽霊はまだいる――!

みぃつけた……。

定番ともいえる幼い少女の声がトイレ中に響き渡った。そして笑い声。それらは全部、私の隣からしていた。嫌だ、そっちを見るな。本能はそう言っていたが、私はゆっくり声のした方を見てしまう。
そこには顔の半分が真っ赤に濡れているおかっぱの幽霊が、私を見つめていた。


「ああああああああっ!」


トイレのドアを蹴破って廊下に飛び出し、私は再び廊下を全力疾走した。途中で通り過ぎた音楽室でピアノか鳴っていたが、そんなことを気にしている場合ではない!