「んじゃ、パパッとよろしくね葵ちゃん!」

「ぅえー」


智雅くんがグイグイと私の背を押して廊下まで運んでくる。嫌な予感はひしひしと私の心臓を握る。ドアの前まで押されてくると、よくわからない寒気が襲ってくる。もうやだしぬ。


「と、智雅くん。傍に居てね、離れないでね、くっついててね、どこかに行かないでね」

「あははー、可愛いこと言うね。よーしよしよし」


智雅くんは自分より少し高い位置にある私の頭を撫でてくれた。なんだこの包容力は。さすがは実年齢が超お爺ちゃんなだけはある。器量が大きい、広い。が、しかし、それだけ大きいのならば私を使わないで自分でやってほしい。

山田さんが黙ってそっぽを向く中、私はため息を漏らして恐る恐る扉の手すりに指をかけた。
ひんやりとした冷たさが指先から背筋へ、うなじへかけ上る。ぞくりと身体が凍えた。冷たい息を首筋に掛けられたような感覚だ。智雅くんのフードをしっかりガッツリ掴みながら覚悟を決めて扉を引く。この先には七人ミサキが構えているはずだ。この先には、目撃者を殺す怪異が居るのだ。
死にたくない、怖い。
そんな思いが体を震わした。寒気がして、恐怖でガタガタと情けなく震える。

恐怖を押し退け、智雅くんに背中を擦られながらを私はこの目に廊下を見た。

先ほどは通ったときは気が付かなかったが、廊下は煤けて黒く濁り、汚かった。蜘蛛の巣があちらこちらに張り付いていて気味が悪い。蜘蛛の巣に捕まった見知らぬ虫が今の私を投影しているようにも思えた。


「……と、智雅くん……、いる?」

「いるよ。大丈夫、大丈夫」


私を勇気を振り絞った。七人ミサキが居るだろう廊下の先を視界に写し出す。体は冷えきっていて、もう動きたくない、逃げよう、と騒いでいた。


「――ぁ」


枯れた私の声は小さく口を開けた。
廊下の先。
そこには何もなかったのだ。何もいないのだ。
ただの暗闇。ただの古ぼけた廊下。
七人ミサキなど、どこにも――。


「そっちじゃないよ、葵ちゃん!」


背後で大きな音が鳴り、驚いて私は振り返った。
お面のような白い楕円に黒い三つの円。目、目、口。
ときどき赤いソレか楕円から垂れていたり、飛沫が付着していたりした。
お面のような白は――生気のない顔はちょうど七つ。男も女も子どもも年寄りもいる。
みんな、君の悪い顔を此方にむけて……そして、笑った。


「ひあっ」

「葵ちゃん、鈴だよ! 鈴!」


智雅くんは私の空いている手を強く握る。私は少し遅れてから智雅くんの指示を理解すると、鈴を鳴らした。

りん。りん。

バザーで押し売りされた鈴は驚くほど綺麗な音を響かせた。
そしてその直後、突然に爆発音と断末魔が。


「!?」

「大成功ー!」


歓喜の智雅くんは拳銃を手でクルクルと回しながら喜んでいた。七人ミサキの姿はない。……どゆこと?


「ただの銃弾が怪異に効かないなら効くようにすればいい。つまり俺の適応能力で七人ミサキを俺ら側に適応させて、撃ち殺しちゃえばいいんだよ。つーまり、葵ちゃんを囮にしたんだよねー。わっはっはっ、ごめんね」

「おっ、囮だと……!?」


騙されたの! す、鈴の効力はやっぱり望み薄!? 全部嘘!? くっ、してやられた! 敵を騙すならまずは味方から! 今回私も騙された意味があったのかよく分からないが、それにしても智雅くんにしてやられた!


「やかましいぞ、ガキ共。……ほう、あの怪異を倒したか。まあ褒めることでもねェけど」


ドアから煙草を吸いながら山田さんが顔を見せた。


「や、山田さん、山田さんも仲間なんだから、手伝ってよ! ていうか助けて!」

「神がそう簡単に手を貸すと思うな屑が」

「くっ、一筋縄ではいかぬか。おのれ」

「葵ちゃん。口調」

「で、でも山田さん、いつか私が襲われたときに助けてくれたじゃない。覚えてない? 山田さんって――」

「ああ。あるな。お前らのどちらかが、もしかしたら両方が危うくなったら助ける。普通だろ」


ツンデレなの? と続けようとして度肝を抜かれた。本当に、極当たり前のように山田さんは言うのだ。照れるわけでも恥ずかしがるわけでもなく。
山田さんという神のことは本当に分からないことだらけだ。しかし、山田さんは私が思っているほど遠い人なのではないのかもしれない。