慌てて適当に空き教室へ転がり込んだ。智雅くんが山田さんの手首を掴み、私が山田さんの腕に捕まっているため全員ほぼ同時に教室へ駆け込み、智雅くんが静かにドアを閉めた。適応能力を使っているのか、注意深く廊下を睨んでいた。私は手で鼻と口を抑えて息を殺す。


「……」


廊下は足音で騒がしい。ペタペタとなる足音は近付き、やがて教室を通過して行った。智雅くんが安堵のため息をするまで私は息を殺したままだ。


「ふぅ。もう大丈夫だね」

「馴れ馴れしいぞ、小娘。強く腕を絞めるな」

「いたっ! 山田さんこの前私の首絞めたじゃん!」

「……知らねぇな」

「絶対覚えてるでしょ!」


力強く強制的に山田さんに引き剥がされたせいで床へ尻餅をついた。受け身を取れたから智雅くんに褒められたけど、別にこんなところで褒められても。
……うわあ。勢いで飛び込んだ教室もやはりというべきか廃校らしくボロボロだ。天井の隅には蜘蛛の巣が張られており、玄関と同じく埃だらけで不衛生。木造の机や椅子はきちんと整列しており、まっすぐ黒板へ向けられていた。


「さっきの、妖怪の女郎蜘蛛だったと思う。長い黒髪を引き摺って、六本の手足と蜘蛛の体をしていた。怪異には物理的な攻撃はあまり効かないから、さっき当たった銃弾も致命傷にはならないだろうね」

「女郎蜘蛛……。他にもなにか、居るような……。こわっ」


私は山田さんの腕を放さない。神様にくっついてたらきっと無事な気がする。きっと。たぶん。なんか、こう、神秘的ななにかに守られたりとか……。


「でもヤマタノオロチってぶっちゃけその子孫が鬼って説もあるから葵ちゃんが思うほど山田に守護の力はないと思うけど」


困った表情をして、智雅くんは私と山田さんを見た。いつの間にか二本目のタバコを口にくわえ、山田さんは苛立ちを隠さない表情をこちらに向けた。山田さんを怒らせると怖いから離れよう。
智雅くんは教室の窓、ドアなど出入り口になりそうな部分を速やかに確認して回る。その間、ずっと拳銃はもっていた。


「智雅くん、なにしてるの?」

「鍵の確認。容易に侵入されたくないでしょ?」

「そっか。私に手伝えることはある?」

「手伝うっていうか……」

「うん、なに?」

「葵ちゃんは、俺と戦闘訓練してよう!」

「えっ」

「山田、結界よろしく!」


智雅くんは言うが否や私に襲い掛かってきた。これまでに何度か智雅くんの訓練は受けているが、まあ、いつも通り私が倒れるまで行った。面倒くさそうに山田さんは机の上に座っている。
私が並べられた机に寝転がっていると、智雅くんが「もう怖くない?」とうかがってきた。なんと。気を使わせてしまったか。


「なんか、ごめん。怖がってばっかで」

「普通の子って感じでいいと思うよ。まー、緊張をほぐしてもらいたかっただけだから」


屈託ない笑顔で智雅くんは私を見下ろす。私もつられて笑った。


「ガキども。呑気にしていて良いのか?」


山田さんのため息。山田さんが見ているのは教室のドアだ。私は体を起こして山田さんと同じところをみた。
……なにかが来る。
不確かな第六感がそう告げる。


「七人ミサキだな」


ふぅ、とタバコの煙を吐きながら山田さんはその正体の名を口にした。