「葵ちゃん、幽霊だめなの? うっそだー! この前、幽霊をエグい感じに消し去ってたじゃん! 真顔で!」

「この前って何十年の話よ! てか、そんなことしたっけ?」

「手伝えって言われてお札でやったの覚えてない? ぶっははは、その葵ちゃんが、幽霊苦手なんて!」

「もう笑わないでよ!」


あれやこれやと私と幽霊について話す智雅くんに拗ねる。山田さんは「くだらない」とタバコにライターで火を点けた。タバコだとかライターだとか前の世界で手にいれたのだろうか。


「さっさと廃校から出よう。こんなところにいるから駄目なんだよ!」


そう言って私は下駄箱の間を通り抜け、大きなガラスでできたドアの前に立った。外はコンクリートの階段が少しあって、その先にグラウンドがある。空は真っ黒で月と星が眩しいくらいに輝いていた。蒼白く光る月はあまりにも幻想的で、つい見惚れてしまいそうになる。
取っ手を掴み、押す。
ガチン。


「……」


ガチン。ガチガチ。


「……ひ、開かないんですけど」


鍵が掛かっているのか開かない。しかもこのドア、鍵穴なんてどこにもないけど。えっ、これってまさか。


「葵ちゃん、ちょっと退いて」


智雅くんの声が背後からして、私は退く。智雅くんは下駄箱が乱立している位置から拳銃を持ってドアに照準を合わせていた。引き金を引き、大きな音と共にドアに衝撃か与えられる。
ドアはなにごともなく、キズ一つつくことなく、そこにあった。


「あー。やっぱダメかー」

「当然だろ。なんせこの学校とやらは怪異によって隅々まで支配さらている」

「山田さん、そういうのは早めに言ってほしいな……」


怪異に支配されているとは具体的にどういうことか分からないが、ともかく出られないらしい。と、いうとこは窓から脱出することも当然、不可能だろう。
私は駆け足で智雅くんと山田さんのもとへ戻り、今後について話し合おうとした。しかし、ペタペタと響き渡る足音で私の思考はすべて凍結する。


「!?」


ぺたぺた
ぺた ぺたぺた

どう考えたって足音だ。どう聞いたって足音だ。


「怪異だな」


山田さんは呑気にタバコの煙を吐く。智雅くんは拳銃を仕舞わず、その手に持ったまま辺りを警戒した。月光しか光のない校舎内ではどこも暗く、よく見えない。風の通る音と冷たい空気が駆け抜ける。


「……ひ、左の廊下……」


私の直感は、響き渡っている足音から、山田さんの言う怪異がどこからやってくるのか冷静に聞き分ける。智雅くんの拳銃は左の廊下へ向く。

ぺた ぺた、ぺた
ぺたぺた ぺたぺた ぺた
   ぺたぺた
 ぺた ぺたぺた
ぺた   ぺたぺた  ぺた
ぺた

ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた


「ひぃっ」

「なんだあれ」


突然速くなった足音に驚いた私はとっさに山田さんの腕を全力で抱え、智雅くんは疑問を浮かべたまま引き金を引いた。パンと放たれた銃声のあとに女性の叫ぶ声と、ポタボタと落ちる液体の音がした。


「取り合えず逃げよう、二人とも。 まじで怪異だ!」


智雅くんは拳銃を構えたまま後退し、私は考えることなくその言葉に従った。