プロローグ
「そんなことより陽香ちゃんの任務ってどんなの? 情報量が少ないよ」 「ああ、それは……」
陽香は苦い顔をした。もごもごと口を動かすが、言葉を濁らす。目線を外して、部屋の隅で泳がす。その分かりやすいまでの反応に理貴とメアリーは目を合わせた。
「えっと、まさか陽香も任務をよく知らないとか……?」 「……ぐぬぬ」
どうやらそのようだ。ぎりぎりと悔しそうに歯軋りをし、罪悪感があるのか目を合わせない。 メアリーは黙ったまま陽香を見つめる。
「分かってることは?」 「……世界を震撼させる恐れのある魔術師に賞金首に登録されたの。それはいいんだけど、それを狙った賞金稼ぎが一人残らず行方不明になったのよ。そこで、不審に思った協会が正式な仕事として討伐を私に依頼したのよ」 「どうして陽香が? こういうと失礼だけど、陽香より優秀な魔術師なんて他にもいるだろ。そんなわけわからない危険な仕事にわざわざ選ばれなくても」 「そこは私もよくわかんないわ。曰く、最後に賞金首が確認された地点の近くに私がいたから、らしいけど」
理貴とメアリーは再び目を合わせた。 恐らく、陽香は……。
「賞金首について、なにか聞かされてないか?」 「目撃者の情報しかないけど、変身魔術を使うらしいわ。獲物は一切持たず。えっと、あとは……、移動は徒歩」 「うん」 「……」 「……うん?」 「……」 「それだけ!?」 「……うん……」
メアリーは「まあまあ」と陽香の頭を撫でた。陽香は不馴れな手つきでメアリーを振り払う。
「わかった。ありがとね、陽香ちゃん。じゃあ、遅いからもう帰って。お家は近く?」 「ホテルを借りてるわ」 「おっけ、じゃあ私と理貴が送ってくね。理貴は明日の朝から準備だよー」 「俺、明日は学校なんだけど」 「いーの、いーの。任務なんだからどうせ休むでしょ。ほら、陽香ちゃん送ってくよ」
陽香の借りているホテルというのは駅の近くにあるビジネスホテルだった。彼女と別れ、日が上るまであと数時間という真っ暗闇をメアリーと並んで歩く。 理貴とメアリーはお互いに陽香の前では話せない話題をとりあげていた。
「陽香は生きて帰ることを期待されていない」 「そうね。多額の賞金首……。私にも話が流れてきたから聞いたことはあるんだけど。まったく情報がない透明人間みたいな人だそうよ」 「透明人間? 起こした事件に犯人がいるのは分かってるけど、その犯人が分からないってことか」 「そういうこと。犯人だけが空白。事件を起こしたことは分かってるのよ。ただ、犯人だけ分からない。魔術の世界にはよくあることね。手掛かりを削除する魔術なんて星の数ほどあるもの」 「陽香はその手探り、第1号」 「ええ。強くも弱くもない、ちょうど中堅の魔術師を適当に選んだのね。死んだところで困らない……。魔術の世界ではいまだに東洋はバカにされがちだから」
魔術の発祥、繁栄は西洋だ。発祥の地はエジプトといわれる。総合魔術師協会の本部はヨーロッパに点在し、現代の魔術の中心地は西洋ばかりだ。東洋はいまだに関わりが薄く、力がないと見下される。 そもそもこの日本であれば魔術ではなく陰陽、神道、修験道などが発達している。中国は錬丹術や八卦などがある。そこに魔術の介入は必要ないのだ。 だからこそ東洋では魔術が繁栄することはない。また、魔術師を育てにくい環境にある。
日本人である陽香は任務の成功を期待されていない。せいぜい情報収集を行う捨て駒といったところだろう。 「相変わらず頭が固いなあ、アーサーってば」メアリーはため息をついた。
「……」 「ふふふ。なに、理貴。静かになって。怖くなっちゃった?」 「怖くない」 「大丈夫よ。あなたの契約している悪魔は優秀。見習いと言えど、理貴の欠点は経験値が足りないだけで魔術師としては十分なのよ」 「怖くないってば」 「自信をもって堂々としてればいいのよ。大丈夫、だあいじょうぶ」
メアリーは理貴の頭を両手で撫でくりまわしたあと、母のように優しく抱きしめる。照れ臭くなった理貴は少し抵抗してみたが、すぐに諦めて甘んじて受け入れた。 外ではあるが、もう丑三つ時。人通りのないところで二人を見るのは理貴の主契約である悪魔だけだった。
「さて! じゃあ帰って寝ますか! げふっ。ゴホッ」 「あー、あーあー。慣れないことするから……」 「ご、ごめん。私かっこわる……っ、ゴッ」
メアリーは吐血した。からだが弱く、よく吐血をする彼女は今までたえていたのだろう。初対面の陽香を驚かせないために気をきかせたつもりか。大量に血を吐き、真っ白になった顔色で「ごめんごめん」と笑う。
「さっさと帰って任務に備え、寝るか」 「ゲホッ。……そうしましょう」
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