屍の犯罪者


     

「死ぬなソラアアア!! まだ、まだ死ぬには早いだろうがッ! 起きろバカ野郎ッ!!」

「なに言ってんの、ヘッドフォン野郎!」


朝、ほとんどルイトに叩き起こされていた。寮に住むオレの隣室はいつもルイトだった。学校に通っていた時なんかは、毎日のように叩き起こされていた。オレは寝相がいいのか悪いのか、枕がいつもベッドの下に行っていたのをルイトに初めて指摘されたときは笑った。目覚まし時計の音をきかないから、ルイトがいないとダメだった。


「起きろっつってんだよ!! ソラ!! ミソラァァァアアアアッ!!」

「ソラは死んだ! 諦めな!」


眼光の開いたルイトの目からは涙が出ていた。泣き叫ぶ声。悲鳴のようである。
静かに鳴る心臓の鼓動は遅い。もうすぐ止まる。感覚がない、あとは魂が抜けるだけのこの肉体を動かすのは難しい。エマの言うとおり、ルイトはオレのことをあきらめるべきだ。望み薄。もう一度まぶたを開くことは……。

――それはどうだろう。

だって、この手に握っているのは妖刀。
ほんの少しの殺意でさえ増幅させる、黒い刀身の。

ブルネー島で深青事件を起こした時から抱いていたこの殺意はだけに向けてのものだったのか、もう忘れたのか。オレはずっと、ずっと殺したいと思っていたのは誰だったのか。もう忘れたのか。ミソラ・レランス。オレはなんのために今夜この島に再びやってきたと思っている?
目的を忘れるな。綺麗事ばかり吐くな気持ち悪い。いい加減素直になったらどうだ。周りにも、自分自身にも嘘ばかり吐く嘘つき野郎。
オレのやりたいことは深青事件を起こした時からきっと何も変わっちゃいない。いや、もしかしたら両親が死んだときから。死の感覚を得られない違和感を感じたときから、すべては始まっていた。すべては今日この日に向かっていたのだ。

オレの抱く目的は酷く単純だ。
姉を殺したい。殺しそこねた姉を殺したい。姉が駄目ならば、両親と親友が駄目ならばどうする?
決まっている。大切な存在を殺しても駄目ならば、もう一つ。あるじゃないか。
すぐそこに。

生まれてから今までずっと大切にしてきた、自分自身という存在が。

殺したい。殺せばいい。
どうせオレの手は血濡れている。
どうせオレはもう、後戻りできないところまで来た、どうしようもない悪人なのだから――!


「ソラ……」


マレが呟く。そして。


「大切な私の妹。さようなら……。地獄で会いましょう」


口下手で不器用で、本当は優しい姉。毒薬を握った彼女の手を、オレが上から握る。
オレが死んだと思って自分も死のうと思ったのか。マレは毒薬を飲もうとして、オレに防がれた。倒れていた己に力を入れる。


「ああそうだね、姉ちゃん。また会おう。地獄でな」


彼女の心臓を、今度こそ突く。一寸の狂いもない。正確に。姉を抱くように深く深く刺す。背中からとび抜ける黒い刀身。血濡れた刀身は美しいようだった。刻印だらけになったオレの肌に姉の血が付着する。
ゆっくり刀身を抜けば、吹き出す姉の血。
砂浜に倒れこむ姉をただただ眺めた。そしてまだ息のある姉の首に刀を当てる。


「!! ソラ!?」

「や、やめろ、やめて、マレ!!」


刀を振り上げた。


「……かわいい、私のソ、ラ……。あなた、やっぱり……死ぬべきよ……」


振り下ろす。


「ああ、あアあああ、アあアアあああアッ」


断頭される姉の首。エマの壊れた叫び声が夜の砂浜に響く。


「どうして、私の大切な人は私の目の前で死んでいくの!! マレ、あなたは私とずっと一緒だって約束してくれたのに!! 死なないでよ、先に逝かないでよおっ……」


重たい手でオレは自分の拳銃を握る。狙うはエマの頭だ。無抵抗のまま、エマは膝をついて泣いていた。ルイトにつけられた深手の痛みも忘れて泣いている。引き金に人差し指が触れ、容赦なく撃つ。
バン。まだ引き金を引いてないのに銃声がした。何かと思えばルイト。エマの頭は一瞬で血まみれになり、そのまま動かない屍となり果てた。


「ソラだけが罪を背負ってばかりだと、おかしいだろ……」


ルイトは泣いていた。涙を流して、ぐちゃぐちゃの顔で、微笑む。エマに向けていた銃を下す。銃をしまいながらオレのもとに駆け寄った。ほとんど死んでいるオレの体は姉とエマの死を確認すると屍になるように弱々しく傾いた。倒れてしまう寸前でルイトに抱えられる。情けない自分が醜くて鼻で笑って自虐した。