呪いと罪の重さ
地面を蹴る。駆けだす。抜いた妖刀と両手で掲げる。 物音を隠すのは得意だ。気配を消すことも息をするほど容易い。 暗殺に長けた一撃で、殺す。
「ソラ」
刀がマレに届く寸前、彼女は自身の手を見下ろしながら言う。ぴたりと刀が止まる。 そのとき初めてエマはオレの存在に気が付いたようで絶句する音がする。 マレはどうやらあらかじめ、当たり一帯に侵入者を探知する防衛魔術を仕掛けておいたらしい。
「どうしてブルネー島へ来たの」
「気になる? 『お姉ちゃん』」
刀を一度引き、そしてマレの心臓まっすぐ定める。 突く。 皮肉の笑みを薄く浮かべ、力んだ。マレの心臓へ切っ先が直進する。 エマが慌ててオレへ血のナイフを刺突しようとする。オレの背後で構えているルイトが引き金を引く。マレは立ったまま。ルイトがエマの攻撃を防ぎ、オレはマレを殺す。
『馬鹿ね。ソラ』
まるで時が止まったかのような感覚を得た。時間がゆっくり、ゆっくり経過しているような世界観。スローモーションのような、時という感覚を失っているような。その世界でオレに話しかけてきたのは、ずっとオレにちょっかいを出し続けたラリスだった。ラリスは今まで聞いたこともないような穏やかな声音をして、石碑の隣に立っていた。 幻ごときのラリスは声と同じように非常に穏やかな表情をしてオレを見上げていた。彼女はたった一言告げて、オレの視界から一遍も残さず消え去った。
どくん。寒気に襲われる。しかし芯はこれ以上ないほど熱い。内臓が吐き出そうだ。左腕が荊に締め付けられているかのようだ。呪いの刻印が全身に這う。肉をえぐり、刻印を刻んでいるかのようだ。苦しい。息ができない。ポタリ、ポタリと目から血があふれる。吐血する。 『あの世で会いましょう』 ラリスの言っていた言葉が血液のように全身を駆け巡った。
「ブルネー島で命が尽きるのも、きっと運命ね」
マレが、地面に伏したオレを見下ろす。エマへの攻撃とやめたルイトは、オレのもとへ駆けつけようとしたが、それをエマに遮られていた。
「行かせない」
「そこを退け!!」
「マレの邪魔をするな!」
「うるせえ、ただの復讐者がッ! 失せろ!!」
遠くでルイトとエマが殺しあう。 ――、ああ、なにも聞こえない。なにも見えない。 呪いが残りわずかだったオレの命を浸食する。寿命を喰い荒らす。
ここで死ぬのか。結局、呪われて。これが大罪人の末路か。 温度の感覚が無くなる。海も目に入らない。真っ暗。無音。感覚という感覚が死ぬ。 こんなところで寿命を閉じるのか。 死にたくないと、生きていたいと地面を這うように生きてきたが、それもここまで。地獄で贖罪しろということか。
ルイトに申し訳ない。こんなところまでついてきてくれたというのに。散々オレのわがままに付き合ってくれたのに。 勝手に振り回して、勝手に死んで行って。せめて、最期に一言残すことができればよかったが、これも人を殺してきた代償。
死を受け入れようじゃないか。
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