別れ


     
「さ、探したよ、ジン」


途切れ途切れの息でレイカはジンにすりよった。すぐに応急処置が手施される。ジンを裏切り者という呪縛から解放するには、ジンにはレイカが必要だ。ツバサの言っていた対策とはレイカのことだったらしい。ジンにとってレイカは大切な人。


「早く帰ろう」


だからこそ、レイカのたった一言がジンを脱力させた。ジンが我に帰る。仲間を殺そうとしたことの重罪を。思い枷を。口車に乗せられて裏切ることとなった自身の脆弱さを。思い知る。

――そんなことはさておき。
目の前で暴れるエマをどうにかしなくてはならない。
レイカでジンを無効化できなければ殺そうかとおもったが、これで手間が省けたというもの。ならば良し。さっさとエマを殺そう。魔女を殺してしまおう。

妖刀を構え。そしてこの目でエマを捕捉し、エマの側面を狙ってここぞと切り上げる。口径の大きなルイトの攻撃を防ぐことで手一杯だったエマは、オレの攻撃を、浅い傷を犠牲になんとか回避する。同時にジンが使えないと分かると舌打ちをした。エマの傷口から流れていた血はすぐに止まったが、エマの表情は晴れない。
いくら手数が多いとはいえ、異能者二人を相手にするのは不利だ。


「エマ。観念して死ねば?」

「お断りよ。お前を殺すまでね!」


エマはこの場で下した決断は撤退だ。
不利である状況で殺し合いをするほど自分の命を軽く思っていないエマは隠していた小瓶を空中に投げる。中に入っていた血液はガラス瓶をぶち破って切りのように小さな飛沫となった。周囲が赤い霧に包まれたところでエマはさっそく逃亡した。
これを追おうとしたルイトを止め、オレはレイカとジンのもとへ行く。


「レイカ。これ」

「えっ。携帯?」


ポケットの中から自分の携帯電話を取り出すとレイカに預けた。レイカはぽかんとした表情を浮かべている。妖刀を鞘にしまいながら「ラカールとチトセに連絡して迎えを呼びな」と告げると、レイカは困惑した表情に変化させた。


「え? ど、どういうこと? ソラとルイトはこれからどうするの?」

「……」

「ソラ?」


レイカにオレの処刑を伝えることはできない。オレが踏みとどまってしまいそうだ。
ただ無言で、もう言葉を発することなくオレはジンとレイカに背を向ける。ルイトもまた、無言だった。レイカが不穏な空気を察してオレに何度も問いただす言葉を言ったがオレは返事を一切しなかった。そして、赤い霧の中に姿を隠すと、そのままブルネー島にある、死者を弔う石碑へ向かう。
オレの死に場所はそこだと決めていた。


『あら? ソラ、石碑の前に誰かいるわね』

「……マレとエマか」


ラリスの掛け声に立ち止まった。石碑を見上げるように立つマレとその隣にエマ。オレはいつでも抜刀できるように準備をしながら静かに石碑に近づく。舌打ちと共にルイトは拳銃の安全装置を外してリロードした。