殺し合いと喧嘩


     

「ようこそ、死の島へ!」

「お前の島じゃないだろ。オレとマレの島だ!」


エマは血を操作する異能者。一撃で殺さねば、エマの攻撃は強くなる一方だ。一撃必殺。首を落とす!


「焦ってる?」


砂埃は止みはじめ、オレの斬撃を手数の多い血の攻撃で避けながらエマはにたりと笑った。どくんと刻印が脈打つ。ああ。図星だ。焦っている。両目が熱い。全身が熱い。焼かれているようだ。腹の奥で渦まき、暴れだしそうなモノの正体は、確かに焦りだ。
死はもう目の前。他殺されてたまるか。目的はもう目の前なのだ。


「うるせえ、邪魔すんな」


大きく一歩を踏む。弾丸のように放たれる血をすべて見切り、エマの懐へ。
首に向けてまっすぐ刺突――!

だが、左腕の支えがなくなり、唐突に攻撃の力が緩む。呪いだ。呪いが邪魔をしている。『ソラ、後ろよ』とラリスの声をきき、とっさに攻撃をやめて転がる。オレのちょうど背後からまき散らしたエマの血という血が触手のように伸びていた。ちょうどオレがいたところに、地面にめり込んで槍のように突き刺さる。オレが回避した先に、偶然ジンに投げ飛ばされたルイトがやってきて激突した。全身にはいる衝撃に肺から空気が吐かれる。


「なにしてんのルイト! 危ないだろ、刀が刺さったらどうすんの!」

「俺だって好きこのんでジンに投げられねえよ! くっそ痛ってえ」

「ルイトは近接苦手なんだから間合いちゃんとはかれバーカ」

「バカとはなんだバカ! ジンの間合いの詰め方が尋常じゃねえくらい速いんだよ! 知ってるだろ!」


追撃を同時に仕掛けてくるジンとエマ。ジンに目掛けて一閃ふるう。ルイトはエマの血をすべて銃弾で霧散させて攻撃を無効化した。刀にはいくら強い拳でも斬られる。一瞬怯んだジンの懐へ飛び込むと、オレはベルトに隠しておいたナイフをジンに腹に刺した。


「ぐああッ! やりやがったな、ソラ!」

「オレを魔女に売ったくせによく言う」


ナイフを抜き、血をダラダラと流しながらジンはナイフをオレに投擲したが、投擲の技術を学んでいないジンの攻撃は当たらない。ナイフが横を通り過ぎ、ジンが動く。ジンの攻撃はまっすぐ。直進していて読みやすい。たしかにジンの攻撃は一つ一つが強烈だが、彼の戦闘は殺し合いというよりただの喧嘩だ。

ジンのパンチを避け、すれ違いざまに彼の右腕に刀を振り下ろす。
血を吹き出し、地面に彼の右腕が音を立てて落ちた。
ジンは膝からくずれ、地面に転がる。
尋常ではない激痛が熱く傷口の断面からジンを浸食していった。腕がなければ戦えない。片腕を失い、バランスの崩れた体ではすぐに戦うことはできない。オレはジンにかける言葉もなく無言で見下ろし、いまだに戦っているルイトとエマの方を向いた。


「俺を……殺さねえのか。ソラ」

「……」

「いつものお前なら容赦なく殺すだろうが……。っなんでオレを生かすんだ」

「死ぬことが望みなら殺してあげようか」


オレは地面にうずくまるジンに首筋に妖刀の切っ先を当てた。
全身で息をするジンは体を上下に動かし、オレがなにもしなくても首の皮がツウと切れる。


「この刀は持ち主の殺意を増幅させるもの。少しでも『殺したい』理由があれば、その殺意を爆発的に大きくさせる。故に妖刀と呼ばれる。暗闇のような黒い刀身が血に塗れる様は美しいと言われている。……ま、淡泊なオレには血の美しさなんて理解できなかったけどね。死を理解できないオレでも殺意の増幅は分かる。ジンを殺したい。でも、どうやらそれを望まない子がいるみたいでね」

「?」

「オレがこの刀に負けるのは五年前だけ。たった一度だけ。もうこの刀にもオレの欲にも負けるわけにはいかない。オレが今日、ここに来たのは贖罪のため。ジン。オレが君を殺さないのは間がよかっただけ。気持ち悪い勘違いは止めてよね。オレはオレを殺す気のないジンを殺すほど暇じゃない。さっさと退場しろ。ラッキー野郎」


刀を下す。オレの視線は、さきほどまでルイトと共に歩いてきた道を見ていた。そこには茶髪の、眼帯の少女、レイカが息を切らしながら走り寄っている姿があった。