ブルネー島の記憶


     

どこまでもさざ波の音が聞こえてくる静かなブルネー島をルイトと歩いている時、ふとルイトが口を開いた。


「エマや魔女に命を狙われて、ソラは無抵抗のまま死ぬのか?」

「……いいや。オレはこの妖刀で死んでこそ、贖罪の意味があると思ってる。襲われたときは反撃するよ。あいつらに殺されるために来たわけじゃない。まったく……贖罪のために来たのにまだ人を殺す気があるんだからオレは懲りないよね」

「俺はそれでもソラを支える。確かにソラはしてきた人殺しは正当性に欠けるけど、それには意味がないわけじゃない。悪いことをしているのは分っている。けど、けじめをつけるのはソラだ。他人が罰せられるほど小さな問題じゃない。ソラが求める結末は、きっと俺も求めている。いまはもう過ちを振り返る必要はねえよ」

「ごめん。弱気になってた」

「最期まで我を貫き通せ、ソラ。俺だけはソラの味方だ。ソラは前を睨んでていい。背中は任せろ」


すでに召喚された黒い刀身を放つ妖刀。それを左手に、持ってオレは真っ黒な空を仰ぎ見た。
オレは空が大嫌いだ。たくさんの色に顔を変えて気味が悪い。気持ち悪いからだ。吐き気がするほど。深青事件のときは真っ赤に燃え上っていた空もいまでは黒く静まり返っている。まるで嘘みたいだ。
今ルイトと歩いている道は昔、剣術を習うために道場へ行くための道筋である。姉のマレや生きていたラリスに見送られながら歩いていたのをよく覚えている。師匠にボコボコにされて帰るオレを間にはさんでよく談笑していた。たった五年前の記憶だというのに、この五年間の変化は激動そのものだった。

この海の香り、土の冷たさ、空の色、葉の音色。
すべて、五年前と同じ。変わったのは視線の高さ、息苦しいこと、異能である視覚以外の語感が鈍りだしていること。

もう、長くない。もともと12歳で死ぬ程度の寿命だったんだ。15歳まで生きられただけで上々。素晴らしいじゃないか。もう十分、ミソラ・レランスは十分生きた。むしろ生きすぎたほどだ。


「……、ソラ、気をつけろ」


そっとルイトが耳打ちする。どうやら誰か近づいてきているようだ。妖刀の柄を握る。
オレが死ぬために、オレは邪魔をする奴らに容赦はしない。


「来る……!」


ルイトが拳銃を構えた。そして撃つ。
良眼能力はしっかり、夜の影に潜んで襲撃してくる人物を視る。
知っている男だ。オレたちを追っていた男だ。彼も友達であるはずだ。
男は――、ジン・セラメントレは高く飛び上がり、その強烈に活性させた筋肉で踵を、オレとルイト目掛けて落とした。
土埃が舞う、地面が破裂したかのようだ。衝撃音に怯む間もなく、彼は思いパンチをオレに突き出す。しかし土埃の目くらましはオレにもルイトにも効かない。ジンの攻撃は、一撃でも当たったら即戦闘不能になってお陀仏だ。冷静に、いつも通り見切るのだ。


「隙あり。死ね、ソラ!」


土埃に紛れていたのはジンの攻撃だけではない。唐突にエマの声がしたかと思うと、彼女の操作する血が刃となって襲いかかる。ジンのパンチは、エマの攻撃を当てるための陽動というわけか。舌打ちをし、地面を蹴って後転。紙一重でそれを避け、妖刀を抜刀。スッと血の刃を切り落とす。そしてエマにはルイトの重い銃撃が圧し掛かる。


「っち。クソが」


ジン、そしてエマがいるということはもちろん魔女もどこかに潜んでいるはずだ。前衛はジンとエマに任せて、彼女は後方で魔術を組み立てるはず。くそ、魔女を殺す前に邪魔なジンとエマを殺さねば。
ジンには格闘術はほとんど効かないと言ってもいい。――早々に斬り殺す!