裏切りを知る覚悟


      

駅に到着し、すぐに汽車へ乗った。ジンの裏切りが衝撃的だったようで、ルイトはずっと頭を抱えている。仲間の裏切りに頭を抱えたことがないオレはどう声をかけたらいいのか分らず、しばらく黙ってルイトの隣にいた。


「……ジンは仲間思いのいい奴だよ。別にジンが魔女の方に付くのは不思議じゃない。むしろ予測の範囲内だったと思う」

「……」

「誰かのために怒ることができて、泣くことができる優しいジンとオレは正反対。反発して当然。魔女も……いや、姉ちゃんも優しい人だ。ジンみたいに優しかった。魔術師の家系で能力者として生まれたオレは蔑まれて当然だったのに、姉ちゃんはオレを蔑んだりしなかった。姉妹として仲良くやってくれた」

「魔女が、優しい?」

「優しいね。正義感に溢れてて。だからこそ、罪のない島の人々を殺しまくったオレを許せなくて呪った。他人のために怒って、悲しんで、心を動かされたんだろうね。優しかった姉を殺そうと初めに考えたのはオレだし、発端は確かにオレで、不義はオレだ。姉ちゃんはなにも間違っていない。ただ、オレは死を理解できないし、ましてや人のために心を動かされることもそうそうない」

「ジンは優しい。それは俺も知っている。――ジンが決意したことなら、俺は別に……。ただ、驚いて……。魔女の意志に沿うなら構わない。覚悟を決めるさ」


ルイトはヘッドフォンで耳をふさいだ。歯を食いしばるルイトの頭をぽんぽんと触れる。ジンの覚悟は受け止めている。ただ、それにルイト自身の覚悟が追いつかないのだ。ルイトは情が厚い。いい奴だ。淡泊なオレとは違う。だからこそ戸惑うのだろう。
正直、ジンと同じようにルイトも魔女の方に行ってもおかしくないとオレは思っている。ジンと同じようにルイトもまた優しい。正義感もある。正義のカケラもないオレとは違うのだ。正常なのだ。ルイトとジンの違いとはなんだ。正義か情。どちらに天秤が傾くかの違いか。

どちらもオレには不足したものだ。生きることばかりを追求して、マレを殺すことばかり考えていたオレにはなかなか得難いものである。なんだか、うらやましい。
こんなオレなんかじゃなくて、もっと、普通の、私として生まれていたら、成長していたらルイトやジンみたいになれたのだろうか。


発展国の大陸を横断し、海の見える港に到着した。水平線の向こうにブルネー島が点みたいに小さく見える。今、この大陸からあんな小さな島へ行くには船を使うしか手段はない。どこか船をレンタルできないものだろうか。幸い、オレはナイトに船の操作の仕方を習っている。まあ、それも三年ほど前にたたき込まれたものでうろ覚えなのだが。
ふらふらとルイトと共に港を歩き回りながら周囲を見渡す。


「どっかに船落ちてないかなー」

「んなわけねーだろ」


はあ、とルイトは苦悩の溜息を吐いた。まー、いつも吐いてるし気にすることはないな。
しかし、ブルネー島から最短の港に時間をかけて到着したものの、肝心の船がなければ島へ行けないじゃないか。仕方ない。この際、パクるか。


「お困りかな。そこの男前なお兄さん」


馴れ馴れしく肩を叩かれ、その上声を掛けられた。眉を眉間にシワをたくさん作りながら振り返る。ルイトも怪訝な表情で後ろをみた。
そこには懐かしい金髪が潮風に吹かれ、相変わらず安そうな営業スマイルを見せる少年が間近にいた。