彼らの因縁



ウノの肉体はカノンに奪われた。

人というものは「死」に恐怖し、恐れる。それを否定して生きている。死にたくない。そんな強い想いを気付かぬうちに秘めている。そして、死なないためには生きるしかない。

カノン・レザネードが「それ」を行うまでに至った理由は死を恐れたからだ。どれだけ強くても、異能者は短命ですぐに死んでしまう。
「それ」は当時、世界中の異能者を震え上がらせるほど恐怖なものだった。


150年ほど昔の、幼い頃からカノン・レザネードはどうすれば死なないのかを考えた。ただ、ひたすらに考えた。風の噂で、この世には不老不死なんていう馬鹿げた異能者も存在しているらしい。それなのに、他の異能者は――自分は短命だ。不公平だ。……どうしたら長命になれるのか。
やがて導きだした結論は、老いる肉体が無ければよいのではないか、ということだった。魂のみを他人の肉体に移し替えていけばいい。カノンが乗り移る肉体にあった魂の持ち主は死属性であるカノンの思うがままに操り、召喚術の供物にしてしまえ。

そうして、カノン・レザネードは自らの慣れ親しんだ肉体をいとも簡単に捨て去って、他人の肉体を転々としていた。が。やがて国の目に止まり、カノンに罰を与えるためにたくさんの軍人が投入された。そこには指揮官としてウノ・ヒエンズが担当していた。
投下した軍人の三割が死に、七割は運よくカノンに遭遇しなかった。その一対多数の戦いは結果も分からぬまま、カノン・レザネードとウノ・ヒエンズが行方不明になることで落ち着きを見せた。

その真実は、カノン・レザネードの魂がウノ・ヒエンズの魂を肉体から追い出し、乗っ取ったことによって幕を下ろしたのだった。ウノは当時から「能力者を越えた能力者」と言われており、カノンに回収されるはずの魂を死守して姿を眩ませた。
ウノの強靭な肉体はカノンにとって自身の肉体のように落ち着き、その肉体が朽ちるまで他の肉体を狙う必要がなくなったためにカノンの行動は落ち着きを見せる。
一方、ウノはカノンに肉体を奪われることですべてを失った。可愛いこどもがいた家族だって、友人だって、すべて。すべて。カノンが憎かった。自分勝手な欲求で、ここまで、ここまでして私のすべてを奪うのか、と。これでは生きているのか死んでいるのか自分でもわからないじゃないか、と。悔しくて涙がでそうなのに、出る涙がない。怒りに任せて拳を握ろうとも、歯軋りをしようとも、訴える声も、全部、全部、全部。すべて奪われたのだ。死属性の召喚師、カノン・レザネードに。



唐突に突風が吹き荒れた。

エテールの魔術書が起こしたものだ。その風はあまりにも鋭く、木々のみならず地面さえも抉る。エテールは何度も何度も何枚も何枚もページを破り、一面、見晴らしがよくなると納得したように肩を落とした。



「さすがに、ここまで斬り倒せばいくらナイトというえ死ぬよね……」



エテールは確認するために何度も周辺を見渡す。

足元で、爆発が起こった。
脊髄反射で避けたエテールに立て続けで爆発が襲う。ナイトが生きているのか、とエテールが察知するには十分な攻撃だった。