大喧嘩


        

ついさっきまで泣いていた目はどこへやら。ルイトの目は鋭くなり、拳銃を握る。暫く震える手で持つ拳銃は今にも落としてしまいそうだ。しかし、オレが鞘を投げ捨てる音を聞いて、ハッと顔をあげ、強く拳銃を握った。


「ソラは生きようとしてたじゃないか」


ルイトの悲しげな声を合図に、俺はルイトへ急接近した。ルイトはオレの攻撃をヒョイヒョイと避けて距離をとると、銃口をこちらに向けた。しかし人差し指はまっすぐ伸ばされたままで引き金を引こうとしない。ためらっているのか。もしオレが当たってしまったら、と。バカめ。オレが銃弾なんかに当たるわけがないだろ。


「ああ、生きようとしている。今だって生きたい」

「だったらなんで死のうだなんて思うんだよ!」


ルイトの正面まで接近すると、ルイトほオレの頭に銃口を向けて静かに睨んだ。オレはすぐにルイトの脇を転がって回避し、背後に回った。切り上げるように刀を天へ向けて一閃。ルイトはとっさに背後へ向けて拳銃から火花を散らした。
大きな銃声と空薬莢が宙を舞う。

オレは直接被弾することはなかったが、背後の壁を爆発させたため、その破片が飛んできた。その破片が頭に当たり血が流れる。これだから口径の大きい拳銃は困る。……ま、その拳銃も以前はオレが使っていたものなんだけど。


「ルイトさ、考えてみてよ」


跳ねるようにルイトを蹴りあげる。更衣室のロッカーに激突したルイトを追い、追撃を仕掛けた。刀で突く。しかしルイトは避け、オレの眼前で引き金を引く。眉間に深いシワをたくさんつくって、強く食い縛り、やはり目は枯れず潤ったままの表情だ。覚悟を決めた顔と、現実を受け入れはじめた表情だ。


「ルイトの大切な人が皆殺しにされて、その犯人を許すことができる?」

「っ」

「オレや、ジン、レイカ、もちろんシングとミルミも。一晩ですべてを奪われてごらんよ」

「……それ、は」

「しかもその犯人はのうのうと生き、しかも暗殺して再犯してる。反省も悔いもしない」

「……」

「殺してやりたいんじゃない?」


残念ながら、オレには死者を悲しむ感情が一切欠けている。だから魔女にはぜんぜん共感できない。
髪を何本か持っていかれたが、ルイトの至近距離での発砲はなんとか避けることができた。


『あら。あらら』


ラリスが耳元で声をあげた。


『やっと死ぬ気になってくれたのねっ! 生者からも死者からも恨まれ、怨まれ、嫌われ、何年も死を望まれたソラがやっと!』


彼女は嬉々とした声で踊った。
幻風情がうるさい。幻覚ごときが話すな。うっとおしい。
ルイトはオレを押し退け、立ち上がる。オレはロッカーの上へ飛び上がり、ルイトによる次の攻撃から免れる。ルイトはオレの位置を一寸たりとも違えず銃撃した。ロッカーの影に隠れ、オレは舌打ちをした。しばらく待てば、ルイトはリロードのために銃撃を休める。その隙にオレは駆け出してルイトに攻撃した。


「ソラは、もういいのか。ソラ自身は生きたいと思わないのかよ! 俺は、俺たちはソラに生きてほしい!! ソラがどれだけの罪を重ねてきたのか知っている。それでも、俺はソラに――」

『バカね』

「生きたいよ。オレだって、ルイトたちと生きたい」

『バカだわ。どうしようもないバカだわ』

「生きたかったら生きればいいじゃないか!! 一緒に生きよう! それじゃあ駄目なのかよ!!」

『くだらない。ソラはさっさと死ねばいいのよ。……このルイト、うるさいわ。せっかくのソラの決心を揺るがそうだなんて許せない』

「贖罪は受けなければいけない。……やったことの責任はとらないと」

『殺しましょう、ソラ。この男を。うるさいのよ。誘惑してくるのよ。ソラの正しい考えを間違ってるというのよ』

「だからって、だから死ぬのかよ!! そんなの……っ!!」

『殺しましょう、ねえ? 殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう』

「――ッ」

『殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう』

「生きながらでも償うことはできる。ソラが死ぬ必要はないだろ……?」

『殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう。殺しましょう』


ルイトへの攻撃を外した。ロッカーを両断する。耳元のラリスは微笑みながら同じ言葉を繰り返す。


「――ッうるさい、ラリス!! ルイトと話してるんだ! 黙ってろよ!!」