彼は裏切者


       

『困ったことがあったら助けるから。そのときはいつでも連絡ちょうだい』と言ってラカールとの通話を終えた。通話中、電話の向こうから『お姫様、誰に電話してんの』とチトセの拗ねた声がしたがラカールにあしらわれていた。彼女がいるくせにナンパなんかしてるから相手にしてもらえないんだ。
応接室に戻ると、頭を抱えたナイトが項垂れていた。起きたのか。


「おはよ、ナイト。まだ早いから寝てていいよ」

「おはようソラ。そうするわ……」


ナイトがソファに寝転がろうとして、ピタリと動きを止めた。どうしたのだと携帯電話をコートの内側ポケットに突っ込みながら彼女の様子を見てみる。


「私、今日は早くから仕事があったわ」

「また片付け? もう研究部に任せとけば? あいつらの荷物なんでしょ」

「片付けじゃなくて、集会。身支度をしてくるわね」


大きなあくびをしながらナイトは応接室を出ていった。
ウノ様が亡くなり、ボスが不在となった。だから集会にはナイトが出席するものだろう。きっと話し合うのは今後の方針だ。長い集会になるだろう。
オレには小難しいことはわからない。頭を使うことはあまり得意ではないのだ。いくら人間のもちうる能力全般が平均値より高い特化型能力者でも得意不得意がある。
なんかモヤモヤしてる。ちょっと外へ出て走ってくるか。

動きやすい格好に着替え、自動販売機で買ったペットボトルを両手に外へ出る。冬なので外の空気は死ぬほど冷たい。本当に、死ぬほど。南国出身には無理がある。


「……オレ、雪国行ってよく死ななかったな」


ぶるりと体が震えた。うわ、白い息がでた。白い息とか意味わかんないから。凍死しそう。


「おっ。ちっすソラ。早いな!」

「ああ、おはようジン。ジンが早起きするなんて……」

「俺だって早起きくらいするわ!」

「ジンも走るの?」

「まーな。今日も片付けだから準備運動がてらに」

「じゃあオレは右を行くから、ジンは左を走ってね。バイバイ」

「どうせなら一緒に走ろうぜ! 一緒に!」

「お前は集団行動する女子か」


オレが右へ駆け出すとジンが付いてきた。コイツ、オレのペットボトルでもねらっているのだろうか。
森林の道路を走り抜けながらオレたちは雑談をした。ジンの怪我の具合とか。どうやら治癒能力者が治療してくれたようで、もう走っても問題ないそうだが、許されるのは軽い運動だけだそうだ。なんで走ってるんだジン。


「ソラはこれからのこと、考えてるか?」

「さあね。集会に寄る」

「そっか……」

「なんでそんなことを聞くの?」

「えっ? だ、だって、友達だろ」


なにか、違和感を感じる。オレはジンの目を射るように見ていた。逸らされたジンの目は閉ざされてしまった。道路の脇に現れたラリスが首を傾げた。


「ところでレイカとうまくいってる?」

「は!?」

「レイカを大事にしなよ。好きなら」


ジンが押し黙った。レイカ、ほら、研究部の機会開発班だから片付けが大変そうだし。そう続けようとしたのだが、ジンはスピードをあげてオレの少し前を走った。