先行き不安
襲撃から一日経った朝。 オレはナイトと同じ部屋で眠っていた。ここはリャク様が所有する研究施設で、周囲は山やら森やらに囲まれている。五階までの高さしかないが、やけに横に広い。一階の応接室を借りてオレとナイトは寝ていた。こちらに移動してからはバタバタしており、休む暇などなかった。
オレは携帯電話が鳴っていて目を覚ました。そこには懐かしい名前が表示されており、応接室から廊下へ出てから携帯電話を耳に当てた。
「久し振り、ラカール。元気?」
シングとミルミが死んだ責任をとって組織を脱退したラカールからの電話だった。
『ああ、よかった! 生きてた! 今ニュースをみたの!』
「……こっちは早朝なんだけど」
『えっ、あれっ。ごめん、こっちはもう普通に朝なの。時差のこと忘れてた』
「ラカールとチトセはどこにいるわけ。実家にいる、なんてわけじゃ無さそうだし」
『んー、ちょっと、気掛かりな情報を売り付けられてさ。いろいろと気になって動き回ってるところ。あとチトセの実家が家に戻れって言って来るから一緒に逃避行中』
「ラカールたち駆け落ちすんの?」
『しないしない! もー』
「でもバカップルなんだから婚約ぐらいしてるっしょ? ってことはあの名門を継ぐんだ」
『こっ、婚約!? あんな奴と!? チトセまたナンパしてたんだよ! あんなのと婚約なんて……っ』
「また痴話喧嘩したのか。飽きないね」
『チトセが浮気性なんだって! ソラもあいつと付き合ってみればイライラしてくるよ』
「恋愛なんて考えたことなかった。まあでも女性に話し掛けるのは楽しいからなー」
『くっ……! そういえばソラは初めにチトセを真似するところから男装を始めたんだった!』
ラカールは相変わらずで何よりだ。彼女のほうもオレの変化の無さに安心したようだ。
『……で、組織のこと、どういうことなの?』
「あれを破壊したのはリャク様だ。魔女やらツバサや収集家が襲撃してきた。暗殺部はもうオレとナイトしかいない」
『!? シャトナとレオは!?』
「行方不明。生きてるのか死んでるのか分からない」
『……そんな』
「これからどうなるかなんて分からない。ボス補佐だったエテールが死んだことで傭兵部はもう解散する方向に向かっているらしい。リカとサクラもツバサに襲撃されたせいか姿を見せないし、ナナリーは視覚を喪った。立て続けに暗殺部が減っているからナイトも落ち込んでる。ボスはリャク様しかいないし。組織を維持できるほうが不思議って状況」
状況は最悪なのだ。 一日でたくさんの情報が構成員の間で飛び交った。リャク様がわざわざ現場で指揮をとって情報の整理やら移送後の後片付けをしている様子が不安を掻き立てる。しかも、リャク様の後ろに控えていたのはナナリーではなくサレン。
飛び交った情報はどれもこれも根拠のない噂程度のものばかりだった。しかしそのどれもこれもは組織が継続できないというものが大半だ。それもそうだ。幹部やボスの次席である補佐、そしてボスの相次ぐ脱退に不安を煽られないものはいない。 電話の向こうでラカールが言葉を詰まらせている。
ウノ様が亡くなったときから歯車は回っていた。いや、ツバサがいなくなってから。……違う。「黄金の血」と遭遇したときから、歯車はギシギシと音を立ててまわっていたのだ。ここへ至るまで。これからどうなる。歯車はいつまでまわる? オレの隣でラリスがくすりと笑う。包帯に巻かれたオレの左腕にしがみついて撫でるラリス。ラリスという幻覚はまるで死神のようだと思った。
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