SSS


      

「……結局、私らに何の用があったわけ?」

「もう用は終わったよ」


エマが首を傾げ、当然のようにツバサが応答する。エマは目を丸くしたあと厳しい目付きとなり、「わけわからん」と唸った。


「このままブルネー島へ行くんだったら駅まで送るよ」

「ならお言葉に甘えようかしら。……それにしても、本当に会計を任せてもいいの?」

「それも甘えちゃってかまわないよ」


ツバサは伝票を手に取る。マレは眉を下げながら申し訳なさげな様子だ。安心させるようにツバサは微笑む。ツバサの隣ではいつのまにやらレヴィが完食していた。
そのまま四人は席を立ち、ツバサが軽々と会計を済ませた。
四人が外に出ると、そこはやけに騒がしかった。それも当然だ。ビルが突然倒壊したため、報道陣が詰めかけているのだ。その倒壊がリャクの魔術によるものだとは誰も知らない。まだ午前6時だ。サイレンの音とたくさんの人の声にのみこまれそうになる。そのなかからさらりと四人は脱け出した。


「なんかすっごいことになってんね」

「そりゃ、中堅どころの高さがあったビルが倒壊したんだ。それも突然。しかもあの様子を見るに、周囲の建物には被害のないようにうまく計算されてる。そりゃー、すっごいことになるだろうな」


エマとレヴィは倒壊した瓦礫から目を離さず歩いていた。マレが「前を向いて歩かないとあぶないわよ」と注意するためにエマとレヴィへ視線をずらした。ツバサが「マレも」も言ったのと同時にマレは人にぶつかった。


「いってぇ」


いかにも不良、といわんばかりの少年にぶつかってしまった。彼らはギロリとマレを睨んだ。マレは慌てて謝るが少年らはすでに次の言葉を決めていた。


「前をしっかり向いて歩けよ、ネーチャン」


ゲラゲラと笑いながら集まっていた不良少年たちがマレを含めた四人を囲う。マレを守るようにエマが立ち塞がった。


「退いてよ。邪魔なんだけど」


エマはすでに喧嘩腰だ。マレはエマの肩に触れて喧嘩を止めるように言おうとしたがすでにおそい。少年らは苛立ちを見せていた。


「ちょーっとあっち行こうぜ、ネーチャンら」

「おい、止めろよ」

「うっせーぞ!」


レヴィが止めに入ろうとして、その腹を蹴り飛ばされた。ツバサが「うわ、カッコ悪い。情けない」と嘲笑していた。少年らには異能者がいるようで、どこからか詠唱が聞こえた。


「怪我をしたくなかったら退きな!」


エマは小瓶を地面に叩き付けた。濃厚な血の香りが充満する。
ここにいるのが魔女と不老不死と収集家でなければ、少年らは死ななかっただろう。

その日のニュースはビルが謎の倒壊をしたことばかりが流れたが、そのわきで、少年らの死も報道された。倒壊したビルと事件現場が近いことからたくさんの意見が飛び交った。


『もしもし』


その報道を見ていたのはリカとサクラだ。移送が終わり、疲れきった体をソファで癒している時に電話がかかってきた。襲撃から一日が経とうとした深夜のことである。
聞き慣れたら声に受話器をとったリカの心臓が大きく跳ねた。全身が沸騰し、汗が流れる。一気に上がったタイオンと鼓動で頭が真っ白になった。


「あ……、っ?」

「どうかしたか、リカ?」


リカの様子がおかしいと、すぐ近くでテレビの音量を下げていたサクラが首を傾げる。リカは受話器の向こうで笑う声がするわきで、サクラをみる。


「……ツ、ツバサ、だ」

「えっ!?」


サクラは持っていたリモコンを落とした。何かいいたげに口をパクパクと動かしたが、リカの電話が終わるまで待つことにした。


『ごめん』


ツバサの第一声はそれだ。


『リカやサクラたちを騙してて』

「……シナリオなのだろう。仕方がない。私たちも分かっている」

『ごめん、ありがとう』

「こちらには戻って来るのか?」

『いいや。戻ることはないよ。諜報部はリカとサクラに任せる』


話す合間にツバサは咳をする。リカに電話をすることはシナリオに記されていないのだろう。リカの表情は悲痛になる。


「了解した……」

『リカの声を聞いて安心したよ。今回のことは今度改めて話す。今夜は情報を渡すために連絡した』

「情報?」

『ソラとマレに関してだ。マレとエマはブルネー島にいる』

「なんだと?」

『分かってるだろうけど、ソラにはもうあとがない。行かせるなら早急に』

「……なるほど。わかった。ソラに伝えておこう。サクラに代わろうか?」

『そうだね』


水音の混じった咳をした。吐血したのだろう。リカは急いでサクラの近くへ寄ると、受話器を差し出した。サクラは何も言わずに受け取った。


「どんな性格したら裏切った組織に電話を掛けられるんだよ」

『寂しかったくせに』

「別に、そんなことはない。腐れボスがいなくなって清々した。仕事が溜まることはないしな」

『手厳しいことを言うね』

「仕事をするのが当然だ」

『はは、それもそうだ』

「……ティアを殺した。シドレとワールも死んだ」

『……』


サクラはうつむく。声が震えている。リカは静かにサクラの隣に座ると、膝の上で拳になったサクラの手の上に小さな手を重ねた。


「ティアとシドレとワールの遺体は棺に入れた。アイは部屋で泣き崩れている。諜報部の死者と行方不明者は20人を超えている」

『……』

「どうしてっ、どうしてこんなに大変な時に居ないんだッ! お前の席には誰もいない! 俺も、リカも、ツバサの代わりなんてなれない!! ツバサ、頼むから……、お願いだからっ、戻って来てくれよ……!」

『――サクラ、それは……』


リカの手の甲にサクラの涙が落ちる。ぽたりぽたりと。涙が止まらない。帰ってきて欲しい。絶えることを知らないツバサを信じる一心はサクラだけではなくリカも同じだ。
ツバサの声が濁る。
サクラも分かっているのだ。ツバサがシナリオから外れることができないのを。血を吐きながらこうして電話を寄越してくれるほど自分達を気にかけてくれていることを。


「……。ごめん、無理なのは分かってるんだ」

『俺は幸福者だね。こうしていつまでも想ってくれている部下がいるなんて。じゃあサクラとリカにシナリオを一つ教えてあげよう』

「へ?」

『楽園においで。少し寄り道はするけど、俺はそこへ向かう。こうしてシナリオに無いことを言った俺はこのあとサクラとリカがどう行動をするのか今はわからない』

「! それって……」

『サクラとリカが今はシナリオにない行動を起こすかもしれないし、このまま変化はないのかもしれない』


楽園とは、極東にある特殊な国だ。異能者の立ち入りを禁止し、また、謎の技術で国民には異能者がおらず無能者の国となっている。雪国は異能者を差別しているがこちらは区別をしているのだ。逆に異能者だけの国である理想郷という国もある。

咳をたくさんしていたせいでツバサの声が掠れている。サクラはすぐに「わかった! またあとで!」と早々に電話を切ってしまった。リカが「えっ!?」と目を丸くする。サクラは受話器を持ったままリカの両肩を掴んだ。リカは突然のことで呆然とした。
嬉々としたサクラを見るのは久し振りだ。


「ツバサを一発殴れるかも!」


サクラはそんなことを言って喜ぶのだった。わけがわからず、リカは「はあ?」と返した。