浮遊能力



時は少し、遡る。



「私は今日、死ぬだろう」



ソラが走り去ったあと、ウノは静かに声を発した。ナイトは驚き、しかしその反応は僅かだった。目を伏せて唇をきゅっと閉じる。



「私がもう90年ほど生きることができたのは朽ちる肉体が私のもとに無かったからだった。この戦いで私は必ずカノンに勝つ。しかし、勝つということはカノンに奪われた我が肉体を取り戻すということ……」

「……はい」

「肉体を取り戻せば、私は朽ちる肉体を得たことになる。そして、それは死を意味する。私たち異能者は50年ほどしか命がない。90年も生きられないのだ。不可能なんだ」

「……はい」

「それはカノンも同じことだな。生きるために他人の肉体を転々とし、無理に生きてきた奴は肉体を失えば死ぬ。肉体を得た私も死ぬ」

「……はい」

「私が死んだあとのことはリャクに任せた。次のボスは決めなくてもいい。しかし解散が必要だと思ったなら解散しなさい。まあ、そのことはみんなで話し合えばいいだろう」

「……はい」



ナイトは歯をくいしばって涙を耐える。
もう、誰にもウノを止めることはできないのだ。これはウノがずっと、ずっと願ってきた、叶えたかった未来。それがたとえ死であっても、我が敬愛するウノ・ヒエンズが望んだことならそれに従う。ナイトはそう決めていた。
ソラも、シャトナも、レオもそれは同じだろう。ラカールとチトセだって……。



「ナイト、ここまで付き合ってくれてありがとう。……本当に」

「私が勝手にウノ様の後ろについていっただけです」

「はははっ。そうかそうか」

「ではウノ様――、いえ、ウンディーネ様。さようなら」

「ああ。達者でな」



ナイトは精一杯笑った。人形の顔のウノも、笑ってみた。顔に筋肉はない。四六時中同じ表情をし、感情を顔に示すことができないウノはそれが歯がゆかった。伝われ、伝われ、伝わって。最後の別れは笑顔で。笑顔で。

ウノは全く珍しくもない浮遊能力で、カノンのもとへ飛んでいった。急いだ。急いだ。
肉体のない悲しみから解き放たれたい。ウノにとって、憎いカノンのもとへ。

若い姿を保ったままの自身の肉体は湖の岸辺を歩いていた。



「カアァァァァァアノンンンンンンンンンンン!!」



一つの小さな人形は叫んだ。
弾丸のような速さで水面を飛び、水飛沫をあげると、その一つ一つの滴をすべてカノンに投擲した。その速さは銃弾。肉体に当たることができれば貫通するだろう。

ウノに気がついたカノンは右手を上に挙げた。すると地面が盛り上がり、壁ができる。その壁は固く、ウノの攻撃をなんとか全体で受け止めた。壁は唸り声をあげた。
カノンが召喚術で召喚したものだった。それがどんなものでも関係がない。ウノは浮遊能力で、その壁を粉々に破壊した。浮遊能力でできる範疇を越えた破壊だった。粒子レベルで、その壁は破壊された。