SSS


   

七階は殺風景なものだった。
オレがレイカに支えられながら到着したと同時にナイトがすぐに駆け寄ってきた。心底安心し、そして不安を拭いきれない感情が混在した表情をしている。重たいオレにずっと肩を貸していたレイカは息を切らしている。オレはレイカから離れ、壁に背を預けて立った。


「ソラ、大丈夫?」

「オレより腹を怪我してるジンを心配したら? オレはこんなところで死なないから大丈夫」

「ご、ごめん……」

「レイカが謝ることじゃない。心配してくれてありがとう」


ジンは腹を怪我している。七階に来るまでの道中、エマの血の硬化によって刺されたとの話を聞いた。すでに止血はされているものの、治療を受けなければ二次災害だ。
まだ七階にとどまっているのは、オレ、ルイト、ジン、レイカ、ナイト、リカ、サレンたち空属性の魔術師くらいのものだ。サレンたちは現在も構成員を転移させており、転移を受けていないのはオレたちだけとなる。


「ソラ、あなたの顔を見たとき、ルイトはなんて反応したの?」


ナイトが未だに呼吸が整わないオレに話し掛けてきた。残念ながら治癒とは程遠い異能のナイトは悔しげに眉間にシワをつける。


「なんか顔が青くなった」

「ソラは自分がどういう状況なのかわからないのね」


やはり、ナイトは悔しげだ。オレの背中を擦って、オレの目から視線を外す。どういうことだ?
そういえば……、そういえば、道中ルイトのみならず、レイカやジンまでもがオレの生死を気にしていた。呪いに大きな変化があったのだろうか。

刻印の拡大だけではない、何かの変化が。

ジンのもとにはルイトとレイカ、そしてリカが集まり、リカの魔術による応急処置が行われている。サレンの魔術がジンとリカに向けられた。


「ナイト、オレたちが移動の最後?」

「いいえ。まだリャク様とナナリーが来てないわ。……あと、シャトナとレオも」

「……シャトナとレオが?」

「先に移動したアイの千里眼が被害状況を見ているんだけどね。死者も確認されているわ……。でもシャトナとレオは見つかっていないみたい。リカの魔術にも一切の応答はないの。死んだと考えるべきね」

「そう。あの二人が」

「実質は行方不明という扱いでしょうけど……、このあと、この建物をリャク様が破壊するわ。こんな犯罪行為ばかりを行う裏組織のアジトを空にはできない。このままこの建物は棄てて、本部をリャク様が私営する研究所に移転するわ」

「……」


ウノ様が死に、ラカールとチトセは組織を脱退。そしてシャトナとレオが行方不明。七人いた暗殺部は、いつのまにかオレとナイトの二人だけとなってしまったのか。


「さてと」


サレンの声が不意に耳に届く。彼は自分の部下へ、先に転移先へ行くように指示を飛ばしたあと、残されたオレたちに向き合った。いつのまにやら、 ジンとリカはいない。もう移動したようだ。


「私はリャク様を待ちます。先にナイトたちを転移させますね」

「サレンっ! わ、私も、リャク様を待つよ!」

「いえ。レイカには残らず、是非とも転移していただきたいですね」

「……私が無力だから?」

「そんなことはありません。あなたの異能で、転移させた機材の整理をしてもらいたいのです。なんせ、急な襲撃なので研究機材が荒れているのです」


うつむくレイカをサレンが慰める。ナイトはオレの肩を抱いてサレンの前へ共に向かおうとしていた。その際、オレはずっと黙っているルイトに注目する。ルイトはヘッドフォンを外して目を閉じたまま膝を立てて座っていた。


「ちょっと静かにしたほうがいい」


オレは口元に立てた人差し指を寄せた。サレンとレイカが黙る。オレの視線の先を見て、ルイトが何をしているのか読み取ったのだろう。ルイトの探索は広範囲である。アイの千里眼や、魔術、召喚術よりも聴覚による情報収集は多彩である。無意識に流してしまうような小さな変化にも敏感なのだ。
とくに、心臓や呼吸が鳴らす音まで聞こえるルイトは、人の捜索が得意である。