SSS


  

特化型能力者は、人間がもともと持っている能力が異常に特化した者のことをいう。たとえば、ソラ・ヒーレントの「良眼能力」は視力が異常に特化したもの。たとえば、ルイト・フィリターの「良聴能力」は聴力が異常に特化したものだ。
ゆえに、ソラ・ヒーレントの目にはどんなに遠くにある山でも鳥を見付けられるし、雨のしずくを余すところなく数えることができる。ゆえに、ルイト・フィリターの耳に聞こえない音などないし、目を使うより耳を使った方が世界が見やすい。
特化型能力者の特徴はそれだけではない。全体的な人間の力も、平均を一回り上回っている。それは記憶力であったり、身体能力であったり、免疫力であったり、回復力であったり……。

ジンをひと突きにした血の槍はエマのもとにあり、ジンには突き刺さっていない。ジンは特化型能力者で、たしかに回復力が一般より高いものの、不老不死のツバサのように瞬時に回復できるわけでも、治癒能力のミルミのように止血もできない。特化型能力者だからジンは延命できるものの、このままでは出血死してしまう。
エマの異能でさきほどまで回復に向かっていたのだが、ルイトの攻撃で集中力が途切れてしまった。


「……っ」

「いつまでも俺がソラやシングの後ろでサポートしてるだけだと思うなよ」


ルイトの連射が続いた。
大口径の、避けなければ敗北する攻撃。エマは軌道をそらすことだけで精一杯だった。しかも、その逸らす先をコントロール出来ないせいで、自分の体に擦り傷を増やしていく一方だった。
エマの血が流れるたびに、彼女の得物は増えていく。

エマは待っていた。拳銃を扱う者なら誰でも作る一瞬の隙を。


「ッチ」


銃弾の装填を。


「死ね!」


エマが装填をしているルイトに急接近した。同時に血の弾を、ルイトに仕返しだと言わんばかりに飛ばす。血を服に付着させることが目的であるため、それそのものに殺傷能力はない。

しかし、ルイトの行動はエマより先を予測していた。
もともとルイトの戦闘は視界に頼らない。目よりも耳のほうが状況を理解しやすいせいもあってか、目にうつるものよりも聞き取ったものを信じる傾向にある。そのなかで、現状を把握するより予測する力が鍛えられたのだ。
だからエマの反撃するタイミングなど容易に予測できるものだ。


「っ!?」

「カウンターだ、バーカ」

「くそ!」


ルイトの懐から、同じ拳銃がもう一丁。銃弾の切れた拳銃から手を離し、そしてすでに装填されている拳銃の銃口をエマへ向けた。
引き金が引かれる。


「うぐっ!」


エマの姿が視界から消えた。ルイトは迷うことなくエマが消えた方向を理解する。
さきほどエマがルイトへ飛ばした血の弾は床や壁に付着していた。その血をゴムのように用い、エマは自分自身を縛って固定し、壁へ力のかぎり速く引き寄せたのだ。衝撃で腕や肩を強く打ったが、ルイトの攻撃に比べれば軽いものだ。


「あんたを甘く見てたかも。ルイト……」

「あの世で後悔してろ」


わざわざエマの逃げた先を見るまでもない。銃口をまっすぐエマの心臓へ向ける。
魔女とエマらには、シングとミルミを殺された。ついさきほどはシドレとワールを。そして、魔女のせいでソラはいつまでも苦しみ続ける。憎悪と復讐を含めた銃弾を撃ち出そうとした。


『待って!』


そこへ、レイカの通信が入る。戦闘中は何も言わなかったレイカだが、このときは切羽詰まった様子であった。


「んだよ、レイカ」

『え、っと、エマを逃がそうと思うの』

「はあ? ふざけんな! こいつらにはシングとミルミを殺されたんだぞ!! このまま逃がせるわけがあるかっ! 今ここで殺してやる」

『だめ、待ってよ! ここでエマを殺したら魔女を見失うことになるよ! いま泳がしておいて、千里眼で追って拠点を探り当てればいいじゃない。今は、がまんして。お願いだから!』

「……っ」

『機会は必ず来るよ。私だって、シングとミルミのことを赦すつもりはないんだから』


ルイトは舌打ちをして引き金を引いた。
エマに弾は当たらず、すぐ近くの壁を抉る。エマはその意味を悟ると、すぐに逃げた。ルイトのいる方向に気を付けながら。
ルイトはすぐに拳銃を仕舞うと、アイへ連絡を入れながらジンに駆け寄った。


「アイ! 今エマを逃がした。異能で追ってほしい!」