SSS


    

ルイト・フィリターが目にしたのは血に濡れているジン・セラメントレだった。
目を疑った。心臓が跳ねた。息を飲んだ。
気が付いたら足が動いており、銃口をエマへまっすぐ、迷いなく向けていた。確実に狙ってから引き金を引く。それだけの工程に迷いなどない。


「ジン! 大丈夫か!?」

「あ、ああ……」


ジンの言葉が途切れている。ルイトは、ジンとエマの間に、まさかつい先程まで『取引』の話があったとはおもってもいないだろう。そして、その結果の末、エマが行動を起こす前にルイトが登場するなど。


「タイミング良すぎっしょ……。」


エマは舌打ちをして、ジンに付着させていた自分の血を一滴残らず取り出した。衣服に付着してしまったジンの血も一緒に引きずり出す。

――それが、ジンの答えだった。

ルイトたちを裏切って生き残る。それがジンの答えだったのだ。
一緒にいままで生き抜いてきたルイトを裏切ることはジン自身にもできないとおもった。そもそも、ジンは裏切り行為を好まない。いくら自信にメリットがあっても、裏切ることだけはしたくないのだ。
だが、今回はどうだろう。確かにジンはソラと親友であるのだが、それだけではソラの考え方に賛同できない。ソラはまさに殺人機械といってもいいほど、暗殺に対して従順である。たとえ、つい昨日まで味方であった者でも容赦なく殺せる。当然だ。殺し、死に対して一切の感情を持ち合わせていないのだから。
それにブルネー島での深青事件。犯人であるソラは許されない。ソラはそれを罪だと意識しながらも、罰はない。贖罪などしていない。その身に呪いを受けること以外で贖罪などしていないのだ。

魔女クラウン――本名マレ・レランスは正真正銘ミソラ・レランスの姉である。彼女は深青事件で犯人であるソラ以外のブルネー島民唯一の生き残り。マレがソラにかけた呪いはソラへの贖罪。
マレは正しい。
裁かれないソラを唯一裁こうとする道徳。

マレはたしかにシングとミルミを殺した許しがたい敵である。しかし、シングがなぜ呪われていたのか、その全貌をジンは知らない。ソラへの呪いを見るに、ただの殺戮のために死魔術を行使するとは思えないのだ。

マレ・レランスは間違っていない。
故に、ジンは、ソラを親友と思っているからこそ、罪を償ってほしい。

それに、ジンは死にたくなかった。それは単に自分が死にたくないというわけではなく、自分を雪国から救ってくれた少女がいるからそう思うのだ。簡単に自分が死んでは命を落としてまで助けてくれた少女に申し訳ない。

ジンは、ジン・セラメントレはルイトやソラ、レイカたちを裏切ることを決意した。


「今後のことはあとで報せるから」


エマがこっそりとジンに言う。そしてルイトへ向かう直前にもう一言つけ加えた。


「ジンが正義であってくれて良かった」


と。
エマは血で複数のナイフを形成してルイトの前に躍り出た。ルイトはヘッドフォンを調節し、口径の大きい拳銃を両手で構えて撃った。血のナイフに見事当たった。血は破裂した。血飛沫はエマの動きを一瞬でも鈍くする。その隙を逃さずルイトはエマに銃弾を撃ち込んだ。
とっさにエマは別のナイフを盾に使用したが、口径が大きいせいか、防ぎきることはできなかった。せいぜい銃弾の軌道をずらす程度。


「っく。ここは退くしかないか」

「逃がさねえよ」


逃げ道を探り始めたエマに、ルイトの冷たい言葉が降り注ぐ。そしてその言葉通りにルイトはエマへ隙間ない攻撃を始めた。