互角


  

ナナリーのリャクに向ける感情は向けられている本人が一番理解していた。それは憧れであり、家族愛であり、慈愛であり、友愛であり、恋愛であり、敬愛であり、忠誠であり、情愛であり……。さまざまな愛であった。ナナリー本人は敬愛だと思っているようだが、それだけでは足りない。

リャクは誰よりもナナリーの近くにいて、ナナリーは誰よりもリャクの近くにいた。互いが互いをこの世で一番理解し合っていた。
故に。
リャクは遠い場所にいるナナリーの異変を敏感に感知した。


「……っ?」


ふと、振り向く。振り向いた先にナナリーがいるはずもないのだが、嫌な予感がした。大切な研究成果か、大切なナナリーを失うことを恐れているのか、どちらなのかはリャク以外の人間にはわからない。


「何、余裕なわけ? よそ見なんてして」


ツバサのほうから数多の銃弾がリャクを襲った。リャクは岩石をよびだし、自身を守る盾とする。リャクは答えない。返事など期待はしていなかったツバサは、攻撃の手を休めるとため息を溢す。


「……やる気あんの? ないなら大人しく死ねよ」


ツバサは肩を落とした。そして同時に、天井が崩れた。ツバサが攻撃を仕掛ける一瞬前だ。まるで「いまさら」というほど、リャクとツバサの影響を受けるのが遅かった。リャクは舌打ちをもらす。


「封術師が倒れたか」

「ッチ」


ツバサは呟き、リャクは視線をそらした。
このままでは建物そのものが壊れてしまう。殺し合いをしている場合ではない。


「ま、そろそろ潮時だろうね。本気で戦うには屋内だと脆すぎる」

「次に会ったら殺す」

「どうだろう? 俺、死ぬほどリャクのことが嫌いだから会いたくないんですけど」

「……いいや。オレたちは再び会う。貴様が黒幕をしていればな」

「リャクもどっちかっていうと黒幕っぼいじゃん。まさに悪の組織のボス」

「魔女に復讐を囁き、オレに義父を殺すよう促し、カノンとウノに因縁ができるように出会せたくせによく言う。だいたいのことは貴様が裏で黒幕をしていたことが多い」

「そんなの偶然。言い掛かりにしては雑だね」

「事実だろうが」


リャクは自身とツバサの間にある空間を溶かした。比喩ではない。文字通り、溶かしたのだ。ドロリと蝋のように溶けていく空間。彼らが分かつ前、リャクは目にした。まるでピエロのように不気味に笑うツバサが口を開くのを。


「早く行かないと死んじゃうよ、ナナリー」


直後にツバサは悲しげな表情をした。後悔する苦痛の表情。罪悪感や背徳の重さに呼吸が少し荒くなっているような、そんな。リャクがそんなツバサを見たのは一瞬のことで、直ぐに空間が溶けてしまった。リャクはツバサなど気にせずナナリーのもとへ急いだ。
リャクの負傷は軽い。ツバサほどではないが、たかが脊髄が砕けただけだ。
リャクは走る。心臓が高鳴る。怪我が痛い。走る。走る。