リャク対ツバサ


   

狂っている。
思考がおかしい。
不老不死を理解できない。

リャクは理解できない未知の存在を目の前に、胸が高鳴っていた。これが狂研究者の性というものか。


「……馬鹿なのか?」


意表を突かれたリャクは驚くほど落ち着いた声で言った。ツバサは口角を持ち上げるが、瞳は笑ってなどいなかった。


「そう。俺、実は馬鹿なんだよ」


瞳には、殺気と狂気と正常があった。


「しかも、我々の害だ。生きている価値があるのか?」

「残念でした。俺は今日も明日もシナリオ通り元気に生きますよ。お前を殺してな」


青と紫の混じったツバサの瞳が真っ直ぐリャクを貫き、そして攻撃する。ツバサ得意の能力ではなく、魔術だ。天才魔術師に魔術師で挑むのは愚策。しかしツバサの挑む魔術は現在の世界に無いもの。リャクの膨大な知識にはない魔術と、その属性を選択していた。


「『Fac. Gladium dabo tibi. Circum undique gladium』」

「!?」


リャクの周囲、全方位に剣が創造された。切っ先は真っ直ぐリャクの心臓に向き、360°隙間なく覆われている。気が付いた時には遅い。すでに弾丸のような速さで剣は発射していた。


「――『盾をもって私を守れ』。そして貴様は『落ちろ』!」


下級魔術と言葉でリャクは自身の周り大量の盾をつくった。寸でのところで、なんとか剣に串刺しにされずに済んだものの、盾を貫いた剣はいくつかあり、リャクは久しぶりに血を流した。
リャクが盾を生成すると同時にツバサへ天属性の魔術の矛先を向ける。リャクが『落ちろ』と言ったように、不自然に床が抜けた。ツバサは真っ逆さまに落ちる。
リャクが聖属性の魔術で、剣によって斬られた傷を癒そうとした瞬間、背後に正常と狂気を感じた。


「何っ」

「馬鹿って言った方も馬鹿なんだよ。馬鹿」


空間を裂いてツバサが現れた。思うように動かないはずの右足で捨てるようにリャクを蹴る。咄嗟にリャクは下級魔術を使って自分とツバサの間に炎を発生させた。
しかしツバサは炎など気にも止めない。


「頭上注意」

「あ?」


リャクは淡々とした口調で注意を促した。そのときにはすでに最下級魔術がリャクとツバサの距離を離していた。それは本来、空属性の中級魔術に値する魔術であったが、天属性になると無詠唱で完成できる空間歪曲だ。
ツバサの頭上には地獄の針山を連想させる大量の氷柱が出来ていた。そしてそれはツバサへ落下する。ツバサのした行動は、防御でも、回避でもなかった。不老不死を生かした捨て身の攻撃でもない。

今度、空間歪曲の異能を使ったのはツバサだった。ツバサの頭上から落ちる氷柱はすべて消え、リャクの頭上に現れた。リャクはそれらすべてを消し去った。氷柱はまるで水蒸気になったかのように姿を消してしまったのだ。


「うわ……。なるほど。天才だ、天才だと言われる魔術師は恐ろしいな。異能者の全盛期時代にもここまで強い魔術師はいなかった」

「……」

「魔術師――いや、いっそ魔法使いか。まさか魔力だけで防御を成すとは、ね」


言いながら、ツバサはリャクへ電撃を向けた。いっそ雷と間違えそうなほどの電撃だ。
魔力とは普通、魔術と詠唱が無いかぎりなにもできない。人の思惑、意思が可視化したり単独ではなにもできないように、魔力はただ在り、魔術によって消費される。例えるならば、魔力は意思。魔術が行動だ。行動によって意思表示や起こること、できることがある。意思だけではなにもできない。だから、リャクのしたことは異常なのだ。魔術師として、まずあり得ない。
余談だが、召喚師の魔力とは、魔術師の魔力とはまったく別物になる。名前こそ同じであるが。魔術師の魔力が意思だとすれば、召喚師の魔力は血。召喚師の描く召喚陣は彼らの魔力――血である。召喚師の魔力は可視化できるが、魔術師の魔力が可視化できない。

リャクは当然のように魔力をつかったが、本当にあり得ないことだ。人間が空を歩けないように。