リャク対ツバサ


  

リャクとツバサがいるのは地上二十階の上層部のみが入れるエリア。様々な重要機密が存在するエリアだが、移送が済まされた今、彼らの手でやけ野原にされていた。床と天井は鉄骨さえも跡形もなく消え去り、十九階と 二十一階が丸裸だった。
外へ大穴が開かないのはナナリーが死ぬ気で封術を成しているお陰なのだが、化け物のような、同じ人類だとは思えないほどの猛威をふるう彼らの異能に耐え続けるには心臓が爆発してしまうだろう。

リャクは封術を破かれない為にも積極的に防御へ徹するのだが、ツバサの攻撃はリャクの知らないものばかりを選んでくる。


「貴様の扱う魔術と召喚術の属性はこの世に存在しないものばかり……」

「変属性と箱属性だけでそんなに驚かないでよ。むしろ喜んでご覧。こんなにもサービスしてるんだから」

「戯れ言を。笑わせるな」

「……笑ってないけど」


リャクの無詠唱で行われる下級魔術がツバサの背後に現れた。ツバサの心臓を背後から狙う。杖を失ったツバサの動きは鈍く、十センチほどの銀色をした杭が刺さった。魔術で構成されたそれはツバサを貫通することなどなく、心臓をひと突きにしたまま抜けない。ツバサは胸から血を流したまま舌打ちをする。


「うっざ」

「知るか。『怪物を下す聖なる力よ。拠り所を生け贄とする。我の望みに従い、根を這れ。糧はその男だ』」

「っ」


体内に残された杭はリャクの詠唱に従い、生き物のように根を伸ばし始めた。黙視しなくても自分の身体だ。ツバサは嫌な感覚に顔をひきつらせる。杭はツバサの心臓に刺さっていたが、根を生やすことで心臓を破き、肺、脊髄、胃、肝臓、すい臓、小腸を徐々に侵食していく。自分の見知らぬ何かが明らかに体内を這いずり回っている。気持ちが悪い激痛が響いた。口から血を吐くのは生理的だ。
肉を裂き、骨を砕き、それでも杭は内側からツバサを壊していく。


「『その杭は抜けない』『罪人をおさめる棺よ、銀を帯びてここに現れろ。鎖をもって捕縛し、脱獄など赦さない。外界との境界を貴様に導いてやる』」

「ッチ、連続で魔術の使用か……!」


杭はリャクのいうとおり、ツバサに固定され、さらに中級魔術がツバサを襲う。ツバサの目の前に白銀の彫刻が現れた。それは人の姿をしており、よくみれば少女のようにも見えた。白銀の彫刻は音もたてず、体を半分に開けた。体を左右に分けるのではなく、前後に。扉を開ける様に彫刻は開いた。彫刻の内側は空洞。あるのは大量の太い針。杭と見間違えるほど大きい。
それは鉄の処女――アイアン・メイデンに極めて似ていた。そして針の潜む内側から鎖がのび、ツバサを拘束する。中級魔術を唱えたリャクだが、それはすでに上級、もしくは最上級魔術の域にある魔術が発生していた。

鉄の処女から伸びる鎖はツバサをその体内へ招き入れる。地獄へ誘う愚者のようだった。

死へ直結する魔術を受けて、ツバサは笑っていた。
不老不死の余裕とは違う。


「はははっ、残念。お坊っちゃん。ハズレ」


ツバサは右腕に絡み付く鎖を力ずくで砕き、そして自身の右手で心臓を掴んだ。自分の手で、自分の肉体を貫いたのだ。心臓を引きずり出す。大きな血管も共に引っ張り出された。心臓が動いていないのは不老不死だからか、杭が埋め込まれたせいか、原因は不明だ。心臓ごと杭を引っ張り出す。杭の根もゾロゾロと体内から出てきた。ツバサは笑っている。心臓を取り出すためだけに空けた穴を根と共に引きずり出された臓器が塞ぐ。
鎖が血で汚れる。血管を千切って、ツバサは心臓を右手に持ったままリャクを見た。リャクは目を丸くしてその様子を見ている。
グチャグチャに掻き回した臓器のことなどツバサは気にも止めない。意識を向けるのは右手の心臓。そして遠慮なく、右手の心臓を潰した。


「杭が抜けなくても心臓は取り出せるよ」


口に付着していた血を脱ぐって、それでもなおツバサは笑っていた。