リャク対ツバサ


   


リャクの背後からくる先制を軽々と避け、ツバサは前進を止めることなく走り続けていた。左足を軸に、うまく動かない右足を杖でサポートする。杖を使ってどうやって走られるのかなど、リャクにはどうでも良かった。


「まさか逃げ回ってやり過ごそうなどと思ってはいないな。オレから逃げられると思うなよ、獲物」

「そう高飛車でいられるのもいつまでなんだか」


ツバサの杖がカンッと床を弾く。とたんに影という影からトゲのついた鞭がリャクを襲い掛かった。「多重能力者め」と舌打ちをして、リャクはすぐに盾を魔術で生み出した。小さな盾をはリャクに当たる寸前に出現し、紙一重で攻撃を無効化していた。下級魔術の連続使用のなせる技だ。
しかし影の威力も強いのか、盾は一度影に触れれば割れてしまう。


「“聖なる志をもって我を守護しろ”」


聖属性の中級魔術だ。自然とリャクの周囲に豪華な模様が刻まれた檻が生まれた。瞬く間にそれは完成し、やがてツバサの攻撃の一切を弾く。


「……面倒な」


ツバサは呟き、そしてその場で立ち止まってリャクの方を向いた。右足が満足のいく動きをしない。そのせいでツバサは得意の接近戦ができずに舌打ちをした。ツバサには不利な条件があるというのに、リャクには一切のそれがないのが腹立たしいことでもあったのだが、仕方がない。デメリットを背負ったままでもリャクを殺すしかない。


「“岩石よ”」


リャクの短い呪文ののち、ツバサの背後に巨大な岩ができた。道を塞いでしまっている。逃げることは許されない。続けて岩を這うようにあらゆる毒草が生え、幾何学模様が刻まれる。


「頑丈だこと」

「オレに上級魔術を使わせないように逃げていたようだが残念だな。年貢の納め時だ」


立ち込める、高密度の魔力。リャクは言葉を紡ぐ。


「“時空、運命をねじ曲げ、神の裁定をここに。降すのは罰。我は神。導はここに。転回する歯車は我がもとに。腐ることなく、朽ちることなくここに乱す。物語は私が決定する”」


目には見えない何かが変化したことが感覚で伝えられる。ツバサはリャクをまっすぐ睨んだ。


「上級……いや、最上級魔術か。そのわりには短めな呪文だね。事前に詠唱を短縮する魔術を唱えたわけか」

「当然だ。準備をせず戦闘に挑むとは馬鹿がやること」

「はいはい、天才天才」


ツバサはそう言って新たに攻撃を仕掛けようとした。
しかし、リャクが自然に妨害する。


「“それは杖ではない。蛇だ”」


魔術の詠唱ではないが、それに似た言葉をリャクがつむいだ。リャクはツバサの杖を指さす。とたんに握っていた杖の感触が変化して、ツバサは不意に視線を手元へ向けた。


「!」


杖がない。ガクンとツバサは右膝から崩れた。右手に握られるのは杖ではなくなっていた。蛇だ。しかも毒蛇。蛇はツバサの腕に巻き付くものの、ツバサが発火させたせいですぐに床に落ち、燃え尽きた。


「なに、この魔術。初めて見た」

「フン。天属性について、少し教えてやろう」

「わー。講義してくれるの?」

「天属性とはすなわち神の力だ。火属性なら火を操り、空属性なら空間を操るが、オレは神の力を操る。冥土の土産だ。天属性の際下級、下級、中級魔術には死以外の全属性の全魔術の会得が含まれている」


リャク・ウィリディアスは異能者の魔術師だ。その属性は聖と、自らが開発した天。天属性はリャクのオリジナルのようなもので、その力は不明な部分が多い。誰にも成せなかった新たな属性の開発、そして最下級、下級魔術の無詠唱。史上の誰にも成せない域へさも当然のように踏みいる彼は、まさしく、天才。いや……、神。
天属性とはすべての魔術師の属性を網羅し、その上に神の力を有した魔術があるもの。リャクは基本、カモフラージュとして聖属性の魔術しか使用しない面が多々あったが、それもすべて天属性のことだった。

ツバサの所有する異能は数知れぬが、リャクの魔術も可能性は未知数であった。
それ故に同等。それ故に、犬猿。