SSS
エマのとった行動はジンにとって予想外だった。硬化した盾を作るか、回避するのだと思っていたのにそのどちらでもないのだ。 彼女はジンに片手を突き出す。その手が――いや腕が血を錯乱させたのだ。エマの腕の血管が破裂し血が飛び出した。ジンの目の前が真っ赤に染まる。血飛沫で前が見えなくなった。目眩まし。そして、それは同時にエマの攻撃に転じた。
「アンタなんかに用はないっての! 引っ込んでな、外野!」
エマの言葉の刹那、飛沫は大量の弾丸となったのだった。ジンにふりかかる数多の血のしずく。とっさにジンは両腕で頭を守り、姿勢を低くした。そして、回避するのではなく、エマへ前進。床へヒビを入れながら容赦なく右手を振りかぶる。 エマの攻撃は立体的な扇形だった。遠くへ行けば被弾率が上がり、近ければ低くなる。とっさの判断でジンはそれを理解し、回避よりも接近が安全だとしたのだろう。ジンはうまくカウンターしたのだが、しかし、エマのほうが一枚上手だった。
「死の淵へようこそ」
「!」
エマの後方で血液で編み出した槍がジンを狙っていた。赤黒く光るそれは容赦なくジンへ突く。慌てて避けたジンだったが、槍との距離は近く、腹を深く刺された。身体は下手な回避で横転し、そして全身に硬化を解かれた槍の血を浴びる。ドバドバと血を蛇口のように流し、全身は真っ赤に。 血液を操るエマの能力をここまで恨むのは初めてだ。エマの合図ひとつでジンは死ぬ。 状況は絶望。最悪だ。
エマのような血流操作能力者にはジンのような打撃を加える戦法が適していたはずだ。これがソラやルイトのような刀、銃となればエマは流した自分の血の分だけ攻撃を鋭くする。この狭い戦場で血が流れれば流れるほどエマが有利になる。 厄介な能力をもつ異能者だ。
「ぐ……っは」
思えば、腹だけで済んだのが幸いだったのかもしれない。エマであれば心臓であれ、頭であれ一撃で即死にできたであろう。 いや……むしろわざと腹を刺したのでは。指したのはちょうど胃の部分。人体の重要な臓器でも急所でもない。しかしジンにはエマの裏を予測するほどの余裕はなかった。頭が真っ白だ。なにも考えられない。吐き気がする。寒気がする。 まさか死ぬのではないかと最悪の顛末が脳裏に浮かび出した。死ぬにはまだ未練がこの世に多すぎる。
死んでたまるか。まだ死なない。死にたくない! 仲間のために。そして自身を生かしてくれた少女のために。 こんなところで死んでいられない!
「例えば」
エマは右手を持ち上げた。親指と中指がくっつき、今にも指パッチンをしそうなしぐさだった。
「私がこの指を鳴らしたらアンタの身体は木っ端微塵の肉塊になって死ぬとしよう」
例えるまでもない。実際にそうすることのできるエマをジンは歯軋りをした。
「アンタは無惨に死に、どこがどこのパーツだかわからないくらいミンチになる。それを前提に私と取引しようよ。むしろ契約。互いの損得に見合うビジネスだよ」
「ッふざけ――」
「ジン・セラメントレ。アンタはそっち側の人間じゃないでしょ。アンタは悪人じゃない。それなのに極悪人の ソラと一緒にいるわけ?」
「ンだと……?」
「ソラの極悪人具合は知ってるでしょ。ブルネー島をはじめ、13歳からリャクの実験を受けるまで毎晩人を殺して、今だって暗殺業してるんだよ。死に関してなんてなんとも思ってない。アンタとは真逆」
「……」
「ジンなら、クラウンの……、マレと考えが似かよっているはず」
「……俺に、裏切れってのか」
「そう。むしろ、こっちに来るべき。何の手違いでそっちに行ったのか知らないけど」
エマは左手を差し出した。
「こっちに来るなら助けてあげる。怪我の治癒もできるんだよ。私。――こっちに来ないって言うならこのまま敵として殺す」
エマの言う条件は白黒ハッキリしていた。ここで死ぬか、ソラやルイトましてや想いを寄せているレイカを裏切るか。 ジンの答えはすぐだった。
|