SSS


 

オケアノスが動かなくなったティアから水を離した。そのわきではサクラが止めどなく血が流れる手を抑えて座り込んだ。オケアノスは契約者であるサクラの側に寄るとその手を持ち上げた。


「ぐ……」

「私の召喚師が情けないことよ。傷を負うとは」

「ティアは規格外だっつの……」

「わざわざ私を召喚せずとも精霊でどうにかならんのか」

「……ほっとけ」


サクラの手の甲中央から薬指と中指にかけてまっすぐ切断されている。手の甲の中央から手が二手に分かれてしまっている状況だ。手の断面は血で真っ赤になり、静脈がはみ出ている。
オケアノスは髭を震わせてクスクスと笑う。なにも着ていない上半身と簡素な服装がどこか野性的で、そしてその雰囲気は何故か包容力を感じさせる。所々にできたシワがいっそう深くなる。


「小僧が背伸びをするでない」


サクラはまだ落ち着きのない呼吸を繰り返した。オケアノスは治癒の力は持っていないが、自身と契約を交わす術師を少しながら心配する。


「早く治癒せよ。二度と使えなくなるぞ。その手。今は奴のことは忘れよ」


奴とはツバサだ。サクラは小さく頷いた。サクラの返事を伺ってからオケアノスは姿を消す。
ツバサのことはリャクに任せる。サクラはゆらりと立ち上がると命の燃え尽きたティアに近付いた。死んでしまったせいで、もうティアの素肌に触れても死神の力はない。サクラは怪我の痛覚を術で遮断するとティアの遺体を抱えてふらりと歩き出した。
血の斑点が床に描かれる。サクラは出血に気を配らなかった。
サクラはどこまでも無表情を貫く。

敵になってしまったが、ティアとサクラは友だった。
ティアの遺体を放っておくなど無気なことはできない。死者を労るサクラは、自身に構わずティアに気遣った。



――――――――



ジンとエマの戦闘はすでに始まっていた。
爆発的な攻撃を放つジンに対してエマは血を操り、回避に徹している。ジンの異能は身体能力上昇。エマのように血を扱った目にみえる特殊な異能ではない。しかしその異能は自身の筋力を上げるには最も効果的な異能であった。
俊敏力とパンチやキックの攻撃力はエマには見切れない域になっていたのだった。床に小規模のクレーターをつくりながら迫るジンの猛攻に反撃する暇などない。そしてその攻撃に一発でも当たれば戦闘不能になることは間違いない。当たりどころが悪ければ死ぬ。エマは冷や汗を流していた。


「オラ、逃げてねえで死ね!」

「お前が死ね!」


エマはポケットに入れていた小ビンをジンへ投げる。ジンは避けたが、投げられたビンは割れた。中から血が溢れ、弾丸の様に小さな弾が浮遊した。ジンの背後からその弾丸が雨のようにジンへ発射される。エマは血で盾を作り防御した。ジンは咄嗟に避ける。壁を突き破り、隣の部屋へ逃げ込んだ。


「っち、避けた――!?」


エマが壁に作られた穴を確認しようと覗きこんだ瞬間、反復するようにジンの跳び蹴りがやって来る。咄嗟に硬化した血で防ぐも、血にヒビがはいった。ジンは直ぐに足を引っ込めると右ストレートをかます。エマは奇跡的に紙一重でそれを避けた。背筋が凍る。ジンの連撃が速いのだ。直ぐに距離を離す。


「なに、あの速さ……」


愚痴を溢す間にもジンの追撃は迫っていた。