SSS


 

文句を言わせる余裕を与えない。ティアの強烈な突きの攻撃が続いた。サクラの頬に血が滴り、腹を刺され、腕を切られた。その間にもサクラの攻撃があったのだが、すべてティアの異能が召喚術をキャンセルしてしまった。恐ろしいまでに彼女の攻撃は過激となっていく。サクラの血を浴びるティアは笑っていた。


「化けの皮が剥がれた雌狐のようだな」

「私の異能は常に隠れていなければ誰かを殺してしまう。好きで猫なんかかぶってない」


ついに陣を描いていたサクラの手をティアが剣で突き刺した。苦しげな痛々しい声と真っ赤な血が吹き出る。サクラは回し蹴りをしてティアを転ばせると距離を取った。
ティアの負傷はすべてかすり傷。対してサクラは重症だ。死神の異能は触れたすべてを死に追いやる力だ。そんな馬鹿げた秘密型能力者にどう対抗しろというのだろう。サクラは血を吐いて、それから呼吸を整えた。ティアは追撃の構えをしている。


「召喚術……第九法」


ティアは床を蹴った。速い。その一撃はまっすぐサクラの心臓へ向き、そしてその一撃でサクラを殺すつもりだ。サクラの召喚術が完成する前に彼を殺せる。


「我が契約主よ」


一瞬先の未来は、ティアがサクラを殺しているはずだった。

しかし、サクラを貫くことはできなかった。剣が動かないのだ。体が動かない。重たい。何故だと自身の体をみてみると、無数の水という水がティアに集っていた。まるで海底に沈められたかのように水圧がかかる。サクラの召喚術は完成していないはずだ。
――ティアは忘れていたのだ。召喚師とは、よく用いる召喚陣をあらかじめ自分の肉体に描いておくものだ。よって、わざわざ描かなくても無造作に召喚術を発動することができる。


「――“オケアノス”」


ティアが身動きできないのをいいことに、サクラは召喚した。
最果ての海の神。オケアノス。ティアが死神という絶対的な異能を持っていても、それにはどうしても敵わない。ティアが水に包まれる。呼吸ができず、このままでは溺死してしまう。異能で消してしまうよりも遥かに多い水がティアに集まる。どういうわけか、オケアノスを召喚したことでティアにかかる水圧は何倍にも膨れ上がり、内臓が潰れてしまった。口から、目から、耳から、鼻から、体内の血が溢れる。心臓の位置に両手をあてがってティアは守ろうとしたが、その手の骨はもう粉砕されてしまう。

サクラは眉を寄せて眉間にシワを作った。
断末魔も聞こえない。ティアの死に様だ。仲間であった時間の方が長かった。サクラは胸を痛めたが、この裏社会ではよくあることだ。ティアは潰れていく。サクラは目を離さない。

ティアにとってツバサは命の恩人だった。

産まれた瞬間から触れた者すべてを殺してきた忌むべき異能。初めに死んだのは母親。次に出産に立ち会った医者たち。たまたまその場にいた直感の強い異能をもった異能者の助言で父親はなんとか死なずに済んだ。しかし無能者の親というものは詳しく異能者を理解できていなかった。父親も、ティアの物心がついた頃には異能の犠牲になっていた。
死をまとう異能。まるで死神。身寄りも引き取り手もいなかったティアの前に現れたのはツバサだった。
ツバサがティアを育てた。
ティアにとって、ツバサは恩人であり、家族。ツバサの苦悩を知っていた一人。ツバサに恩返しをしたい。ツバサのためになりたい。ティアの行動原理はそこにあった。

今、人を殺し続けた死神の少女が死のうとしている。
すでに呼吸はしていない。意識は朦朧としている。死まであと少し。

自分はツバサのためになれただろうか。
まだ未練がある。
まだ彼のためになれていない。
まだ……、まだ。

それは血なのか涙なのか、もうわからない。
テア・ジュラーセは負けた。サクラを高速で追い詰めたが、彼には敵わなかった。
満足できない死を迎え、そしてまた輪廻し、転生する。

サクラが勝利し、ティアは死んだ。