SSS



サクラの前にはツバサとテアがいる。最悪だ。二人を相手に自分は何分――いや、何秒持ちこたえられるのか。サクラは自分が下した決断とはいえ、歯軋りをする。


「本当にサクラ一人が残ってもいいの?」


ツバサのその台詞は余裕だ。リカの魔術はすでに晴れており、ツバサのいつもの張り付けた笑みをサクラは睨むこともできず、ただ視線をそらした。それが、かつて信頼していたボスが敵になったことが悲しい故なのか、未だにツバサを敵とは思えないのか。後者が有力だが、自身の感情をサクラは理解できずにいた。


「お前がそれを言うか」


サクラは両手を同時に動かした。描くのは別々の召喚陣。剣を構えたティアがサクラを嬉々として睨んだ。ティアの本性は好戦的である。サクラが召喚したのは肉眼では確認できない無色透明。続けて召喚陣を二つ。ツバサの眼つきはしだいに鋭くなっていく。テアは姿勢を深くした。


「ティア。気を付けて。召喚陣は二つじゃない。四つ以上ある」

「え?」

「さっき描いた二つの召喚陣……。認識を遮断させるものだよ。――!」


唐突にツバサはティアの前に出て彼女をかばった。それは唐突の攻撃だった。サクラではない。ティアは目を見張った。ツバサの舌打ちが黒い廊下に響く。サクラは視線だけを、その発生源へ向けた。サクラにとってそれはありがたい援軍であり、ツバサとティアにとっては強敵であった。


「報告通りだな。よくもまあノコノコとここへ来れたものだ。裏切者め」


三人の目の前に現れたのはリャクだった。使い古された白衣と澄んだ色をした瞳がツバサを反射する。その殺気の強く込められた瞳を一蹴するようにツバサは鼻で笑った。


「俺が裏切者かどうかは見方による」

「オレからみたら貴様は害だ。ふん。いままで貴様を殺し損ねてきたが、今夜やっと貴様を殺せる。いや、不老不死だから不可能か? 捕まえて材料にしてくれる」

「害こそお前だ。テア、サクラは任せるよ。……気を付けて」


ツバサはティアの肩に手を置くと、廊下の向こうへ消えようとした。すでに召喚陣を完成させたサクラはあわててツバサを呼び止める。今、彼を呼び止めなければ、もう二度と会えない気がしたからだ。サクラの声に応じるようにツバサは立ち止まった。その表情はいつもと変わらない。


「なんのためにこの組織を襲撃したのか知らない。……けど、ツバサはいつまでも俺たちのボスだ。帰ってくるのを……待ってる」


消え去りそうな声でサクラは言う。健気な忠誠心だった。
ツバサを慕っていたシドレとワールが死んだことはサクラはまだ知らない。それでも「俺たち」のなかには彼らを含めた諜報部が含まれていた。たとえ、この戦いが終わって、諜報部が解散となってもサクラたちはツバサを待つ。
ツバサは言葉を詰まらせた。湧き上がる頭痛に耐えながらサクラを視界いっぱいに入れる。


「その期待は持たない方がいい。……でも、そう思う気持ちは嬉しいよ。ありがとう」


そして、今度こそツバサは姿をくらました。その後をリャクが追う。サクラは奥歯を噛み締めた。