SSS
レイカが驚き、息を飲み込んだ。オレは端末機をジンに預け、ドアに静かに耳を当てた。そのままジンとレイカに向かって人差し指を立て、静かにするようジェスチャーをする。ジンは気配をできるだけ消し、レイカは意を決したように頷いた。 気配の一切を殺して耳を澄ます。ドアの向こうから僅かに足音がする。誰か、いる。ゆったりと余裕のある速さで歩いている。十中八九、敵だ。うちの組織なら慌ただしく動きまわり、こんなに余裕をもって歩いている場合ではない。
(……)
敵なら、誰だ? ツバサとテアなら、リャク様とサクラが相手にしているはずだ。収集家だってまだ下層部にいるだろう。 ――魔女? いや、まさか。……ありえる。
『あら』
ラリスの声がしたかと思えば、フッと消えた。すこし驚いた声が聞こえた宙に視線を向けても、そこにはなにもない。なんだったんだろう?
「あ、そろそろ視界が使えるようになったかな」
ドアのむこうで聞こえたのは、エマの声だった。魔女がいるんだから、そりゃエマもいるか。舌打ちをしそうになるのを堪え、ドアを睨む。足音は、この部屋を通りすぎようとしていた。
「誰もいないんだ、この階層は」
エマは通り過ぎていった。安全だと思えるまで警戒は怠らず、気配が消えてからオレは安堵の息を吐く。拳銃に触れようとしていた左手を下ろした。 恐怖に囚われたレイカをジンが宥めている。
『ねえソラ、知ってる?』
「……」
ラリスが話し掛けてきた。
『私が貴方に話し掛ける条件』
「……」
『僅かに呪いが進行しているときと、貴方が強烈に嫌な予感を感じているとき。……あと、魔女が近くにいるときよ』
「……」
『私は幻で、貴方の記憶にいるラリスそのものではないわ。だから、幻をみせる魔女に加担するし、貴方の本能に従って貴方に加担するときもある』
「……」
『今の私は、どうして貴方に話し掛けているの? 今の私はどちらに加担しているのかしら?』
含み笑いを残してラリスは消えた。拳銃を握り締めた。 ジンから端末機を受け取り、繋がったままのルイトに慌てて魔女の現在地を問う。少しの間があって、そしてルイトが切れ切れした声で応答してくれた。
『……っすぐ上だ!』
「ッチ」
『ソラ』
「レイカをオレとジンで守りきる。ここにいると確実に見付かるからオレたちはどうしたらいい?」
『奴らの狙いは恐らくソラだ。というか、シングとミルミがいない今、そうとしか考えられない。ソラは顔を隠せ。……レイカが問題だな。ジン、担げるか』
「ああ、小指手も担げるぜ」
『よし。ドアを出たら左に走れよ。ただし音を立てずに。廊下には障害物はない。真っ直ぐ階段まで行け』
オレは上着のフードを目元まで被った。二丁目の拳銃を手にとり、両手で拳銃をそれぞれ握る。安全装置を外した。ジンがレイカを横抱きにし、レイカは慌てて口元を両手で抑えて気配を消すことに専念する。
『まだ行くなよ。……。……今だ』
抑え込んだ声で、ルイトは指示を出した。 オレは手にかけていたドアノブを押し、静かに開く。廊下には未だにリカの魔術の名残があったが、視界に霞がかっている程度のものだ。ジンでも目を凝らせば見えるだろう。 先にレイカを抱えたジンに行かせ、オレは殺気と気配を完全に殺した状態でエマへ銃口を向ける。エマは血の入ったビンを持って、こちらに背を向けて歩いていた。オレの足は後退しつつエマに注意する。 曲がり角はすぐそこで、フードをより深くかぶり直しながら角を曲がった。よし。階段まで急ごう。通話しっぱなしの端末機を耳に当て、ふと、違和感が心臓を撫でた。
通話しっぱなしであるはずの端末機に向かってルイトに話しかけても応答がないのだ。ザザ、と小さなノイズの音だけがしていた。 ジャミングされている。
|