SSS


 


ハリーの傷はゆっくりと完治していく。完治してしまうまえに決着をつけようと、ワールの刀と剣はミントに切っ先を向けた。
しかし一歩、踏み出そうとした瞬間、ワールの全身の血という血が脈を打ち、酸素が足りないと言わんばかりに呼吸が荒くなった。



「かっ……!?」

「……っこれ、は」



槍を床に刺し、体を支えてシドレも同じように呼吸を荒くしていた。シドレを中心に床にはヒビがミシミシと這えている。
ハリーはいまだ弱々しい声をして言う。



「クラウンさんの最上級魔術だよ。呪いや治癒とは違う、死へ直結する魔術。呪文を唱え終わったとき、お前らは死ぬ」

「しかも遠距離魔術です。近くにはいませ――、!?」



ミントとハリーの二人にシドレの重力がかかった。それは重たく、姉弟は立っていられなくなってしまい、膝をついた。シドレは左手で自身の心臓を掴むように胸元で拳を掴んだ。右手はまっすぐ姉弟の方を向いている。



「死ぬのは確定ですか……。いいでしょう。アイには大変、申し訳ないのですが……、せめて、道連れに」

「死ね」



シドレの重力操作で身動きが一切できなくなった二人に、極限まで身体能力を上昇させたワールの刃が襲いかかった。



――――――――



ミントとハリーの姉弟にはいつも空虚だけがただよっていた。その正体はわからなかった。幼くして両親を失ったせいなのかもしれない。
冷たくなっていく指先。機能を止める心臓。死ぬ間際になっても姉弟には空虚が埋まることはなかった。『黄金の血』のときは偽装された死だったが、今度は本物の死。ワールの刀と剣が首を切ってしまった。血だまりのなかに沈み、あっという間に消えていった命を虚ろな目でワールは眺めた。



「よし……、ミントとハリーは死んだ」

「本当に死にました?」

「確認したっつの。今度こそ死んだぞ」

「……なら、私たちのできることは、ここまでですね」



シドレは名残惜しく槍を両手でなぞって座り込んだ。もう立つことも出来なくなっていた。ワールも同じように死にかけた状態で慌ててシドレに駆け寄り、その肩を支える。シドレが突き刺した槍のすぐ近くにはワールの刀と剣が突き刺さっている。



「シドレ!」

「ワール、冷たいですね……。手」

「……シドレこそ」



空元気のまま、シドレは笑った。笑ったが、すぐ後には涙が溢れた。寒いのか、涙のせいなのか、シドレの肩は震えていた。



「シドレ、泣い……」

「死ぬのが怖くて泣いているわけではないの。ただ、アイをひとりぼっちにさせてしまう……。ひとりぼっちになって、孤独になってしまうアイを思うと涙が止まらない」

「……っ」

「ごめんなさい、アイ。先に逝きます」



ワールは力一杯、しかし弱々しくシドレを抱き締めた。運命に翻弄されっぱなしの人生だ。人生に翻弄されっぱなしの運命だ。抗う力ももうない。同じ道をたどったもう一人の仲間に、涙を流した。シドレと同じく、アイを思ってワールも涙を流す。

死は、もう目の前だった。



――――――――



「くそ、なんでッ、なんで繋がらないんだ!! シドレ、ワール!!」



いつも冷静でいるアイは彼とは思えないほど叫んでいた。その声に周囲にいる人は皆押し黙る。



「なんで……、見えるのに、通信が繋がらない! 死ぬな、死ぬな馬鹿ども!」



恐怖に震えた手でアイは通信機を探る。通信機はどこも故障をしていないのに、シドレとワールに通信が届かない。千里眼の能力で、シドレとワールの命が今にも消えてしまいそうであることはよく分かる。
しかし、遠い。



「ッチ!」

「おいアイ! どこに行くんだ!」



突然、机を叩いて立ち上がったアイはドアへ駆けようとして、ルイトに腕を引かれた。諜報部の数少ない戦闘員でもあるルイトの力に非戦闘員のアイは負け、引き留められたその手を振りほどくことは出来なかった。



「シドレとワールが死にそうだから……っ」

「だからアイが地下まで行くのかよ!? 途中にはエマや魔女がいる。それに地下に行くには収集家を通り過ぎなくてはならない! 無理だ!」

「なら見殺しにしろっていうのか!? シドレとワールは俺の大切な家族だ! 見殺しにはできない! それに、また見ているだけなんて」

「――。でも、どうすることもできない」

「じっと死に行く二人を見ていることもできな――!!」



ずっと下を向いて地下のシドレとワールをみていたアイは息をのんで、床に倒れこんだ。ルイトはヘッドフォンを外して、その意味を理解する。アイが倒れたことで彼のサングラスが落ち、床に叩きつけられた。
アイの目には、シドレがワールの、ワールがシドレの心臓をそれぞれの武器で刺し合う最悪の光景が、地獄が映っていた。
彼らの最後のプライド。
いままで翻弄されっぱなしの人生に、最後に抗った。
敵の手には落ちず、互いの手で。

ルイトの耳に二つの鼓動が鳴りやむのがはっきりと届く。
アイは涙を流し、それ以降なにも言うことはなかった。
彼の背中をルイトが無言で撫でる。

アイは最後の同士を失った。
最後の家族を失った。
また、過去の無力な自分を繰り返した。幼い頃、シドレが拷問され、強姦される様を黙って見ることしか出来なかった無力なあの頃を。
かなしさ、くやしさ、同時にアイを襲う。

シドレ・セデレカスとワイルト・セデレカスは死んだ。
それでも組織の絶望的な状況に変化はなかった。