SSS
シドレ・セデレカス、アイベルト・サーチャー、ワイルト・セデレカスの三人には共通に翻弄された過去があった。
物心がついたときには、三人はいつも一緒に行動していた。三人とも、両親は働いていたのだ。同時、さんにんにはまだ意味がわかっていなかったが、彼らの両親はマフィアだった。シドレの父はマフィアのボスで、シドレは将来、マフィアのボスになるべく育てられた。
「マフィアというのはね、町の人を悪い人たちから守る存在なんだよ。もう、いまではそんなマフィアは少くなってしまったけどね……」
それがシドレの父の口癖だった。決して巨大な組織ではなかった。中規模――しかも小規模に限りなく近い――その程度だ。しかし、それでも幼い頃のシドレは父を尊敬していたし、それは構成員たちもそうだった。幹部の子供であったワールとアイもボスを尊敬して止まなかったのだ。
まるで大きな家族のようにして育ったシドレたちの日常が壊れるのは、簡単だった。
大規模なマフィアに襲撃されたのだ。同時、十代前半だったシドレたちも事情を少しは聞いていた。シドレたちのマフィアのテリトリーで相手方のマフィアが麻薬の密売をしたというのだ。シドレの両親が相手方のマフィアに困ると言いに行ったきり帰って来ず、そのまま抗争の波に呑まれていった。その頃のシドレたちは異能の制御もまだまだ。たくさんのひとがシドレを守ったが、生き残りはシドレとアイとワールの三人だけだった。 シドレたち三人は屈辱の中、しぶしぶ降伏。 アイとワールの二人を置いて、後継者だったシドレだけが相手方のマフィアに連れていかれた。
その連れていかれた先で、シドレは恐怖という恐怖を、屈辱を感じながらも与えられた。たくさんの男たちに囲まれて拷問、強姦の限りを尽くされた。彼女がそのなかでも守ったのは左腕の入れ墨。薔薇の入れ墨だ。シドレたちのマフィアは薔薇の花を紋章としていた。マフィアの一人一人は心臓に近い腕――左腕に薔薇の入れ墨をいれ、愛をもって生きよ、という言葉に従っていた。 シドレの唯一無二の形見。 涙さえ枯れてしまう、心をズタズタに引き裂かれ、ただ人形のようになるしかない酷い屈辱の中でも、それだけは汚されないようにと守り抜いた。
「助けてあげようか、お嬢さん?」
シドレに降りかかったその声は、いつまでも彼女の耳に残っている。 シドレが捕まってから何ヵ月も経った頃だ。アイとワールが死に物狂いで助けを求めた相手がツバサだった。シドレの状況をアイが千里眼で見、絶望した。二人だけでもシドレを助け出そうとした。だが、現実は二人に甘くない。その時は、まだツバサの周りにはリカとサクラしかおらず、五人でシドレを助けたのだ。
「アイとワールがお嬢さんを助け出すためにもう、すぐそこまで来ているよ。俺はツバサ。君の檻は壊した。出ておいで」
優しい口調、暖かい笑み。差し出された手に、弱々しく震えたシドレの手が重なろうとした。 だが、そのとき、シドレはすでに男性恐怖症となっていた。どうしてもツバサと手を重ねることができない。震えた手は助け出してもらえる歓喜か、男性に対する恐怖が原因なのか分からない。 怖い、怖い、怖い! 家族のようにして育ったアイとワール以外の男性すべてにシドレは恐怖を感じ、そのため、アイとワールが来るまでシドレはその場に踞っていた。なにも纏っていない身体にはかろうじてツバサの上着が掛かっている程度。
その先は簡単なことだった。 シドレは地獄から掬い上げてくれた恩人に恩返しをするためにそのままツバサの部下となった。その忠誠心は強い。シドレ、アイ、ワールは現在も、今もツバサを信じ、忠誠を誓っている。
翻弄されっぱなしの人生だ。 何かに捲き込まれてばかりの人生だ。 それでも、三人は、健気にツバサに尽くす。
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