SSS


 

やはりというか、サクラは終始なにもしゃべらない。喋るような雰囲気でもないが。
建物内がただの真っ暗に侵食されて何十分が経過している。一切光が届かないなか、オレの良眼能力はハッキリと廊下をうつしだしていた。サクラも召喚術を使って足元に何があるのかは感知しているようだが、召喚術はなるべく使いたくないらしい。たまに近くで空属性の魔術師の呪文が聞こえる。普段とは全く別の緊迫感が満ちていた。
エレベーターは使えず、オレたちは階段を昇って上を目指さなくてはならない。道のりは遠いが、出発してからだいぶ時間は経っており、目的地はもう目の前だ。
サクラが重たげな扉をあける。オレは外で待機することになった。



「……」



ウノ様がいなくなってから、なんだか世界が変わった。
ここはオレの知らない世界みたいだ。いや、世界が変わったのはシングとミルミが死んでからのように思える。
左腕が痛い。右手の指が食い込んでしまうほど強く掴んで、変わってしまった真っ黒な世界を睨んだ。



「おい、ソラ」

「……サクラ。もう終わったの?」

「十分もあれば終わる。最上階は高性能だからな」

「十分も経ってた?」

「経ってた。考え事でもしてたのか」

「まあね」



今度は来た道を戻る。ここまではティアに遭遇しなかった。帰りも遭遇しないようにと祈るばかりだ。
死神と呼ばれ、即死の異能を使う彼女に出会ったら死を覚悟せねばなるまい。ティアは好戦的と聞いている。出会ったら本当に死だ。魔女を殺す前に死んでは今日まで生きている意味がない。



「気を抜くなよ」

「わかってる」



廊下を進み、階段を降りる。来た道を、途中まで、順調に戻っていった。途中までは順調だった。なにごともイレギュラーというものは存在し、無事で済むわけがない。



「久しぶり」



背後から背筋の凍る声が響いた。
空気を殺すように振動して耳に伝わる。
氷水を上から被ったようだった。
首にナイフを突きつけられているようだった。
目の前で自身の心臓を握り潰されているようだった。

最悪だ。
不幸だ。
絶望だ。

後ろからオレたちに話しかける声。忘れもしない。この声を知っている。ああ、知っている。



「ツバサ……!」



声を振り絞ったのはサクラだった。闇の向こうでツバサが微笑む。その笑みとは、味方に向けるものとは程遠い類いのもの。敵だ。
駄目だ――駄目だ――。

……――死ぬ。