SSS



部屋を出て四階への階段をのぼろうとした瞬間に異変は訪れた。視界の端にうつっていたオレの影が不審な動きを見せたのだ。ユラリと水面が揺れるように影が動いた。オレが変だ、と思って足を止めた瞬間、オレの影は床から飛び出してオレに巻き付いてしまった。



「な、に……!?」



まったく身動きができない。這うように影は全身を巡り、次第に指先を動かすことも口を動かすことも出来なくなってしまった。周辺にはオレしかいない。夜中であるため、他の人たちは各部屋で謎の影に縛り付けられて動けないのかもしれない。舌打ちすらできない。救援を呼ぼうとしても携帯電話と手に取れない状況だ。
これが収集家の異能だもでもいうのだろうか。

下の階層から爆発音が響いた。エテールと収集家が戦闘を行っている音だろう。
オレは何とかして影を振り払おうと力付くでからだを動かしたが、オレの腕は少したりとも動かない。周囲の情報はなかなか捉えられず、この限定的な状況下でしか役に立たない異能に悪態をつく。



『あらあら、無様ね。ソラ』

「……」



幻覚のラリス。頻繁に出てくるから迷惑だ。喋られないオレの周りをくるくると回りながらラリスは魔女にそっくりな忌々しい笑顔をみせる。

さっさと失せろ。
そんな念を込めて睨む。怖い怖い、とラリスは肩を揺らした。腹立たしいことこの上ない。死ねよ。



「ソラー!」



静かな廊下にうるさい足音と知っている声。普段はこの声を聞くと呆れたような感情が見事に花を咲かすのだが、この状況では別だ。彼女の――シャトナの声はいまや信頼できる仲間という、本来の関係を思い出させる。



「きゃああああ!! 私のソラが捕まってるわ! やだ、今ならソラにいくら抱きついても何をしても大丈夫じゃない? そう思わない、レオ?」

「シャトナははやく二階に行って収集家にやられてこいよ」

「ソラ、愛してるわ!」



前言撤回。信頼できる仲間などとは小渡遠い、迷惑な同僚に降格だ。
ちなみに、シャトナはオレのことを男装している女だということも、オレの経歴も知っている。それでもシャトナはオレを求めるから意味が分からない。彼女自身は男好きでそっちの気はないはずだ。

シャトナと、その隣にいつも一緒にいる女顔のレオがオレの視界に確かに入る。しかしオレは背中に寒気を感じていた。ラリスも興が冷めたようで、ふわりと姿を消す。シャトナの影を操る能力やレオの光を操る能力はこの収集家の異能と相性が良い。



「三階はあとソラだけだからシャトナは四階に行ってろよ」

「あら、何をいうのよ。ソラを愛するのは私よ!」

「気持ち悪ぃ……」

「ああ、もう、冗談よ! 私だって空気くらい読むわ」



心外だとシャトナはいうものの、普段の行いが冗談だとは思わせない。レオがオレに手を向けると、シャトナは慌ててその手を下ろさせる。シャトナは人差し指を自分の影に向けると、指示をだすようにオレにその指先を移動させた。普段から形状を保たないシャトナの影はブルル、と疼き、そしてオレに向かった。上書きするようにオレにまとわりつき、オレを拘束していた影をベリベリと剥がす。



「どうよ、私だって仕事くらい真面目にやるわ」



シャトナは大きな胸をさらに強調するように胸を張った。
あーあ、あの露出狂め……。谷間を全開にしなくったっていいのに。レオは気分が悪くなったと言わんばかりに口を抑えて「おえっ……」と顔をそらした。堂々と晒す女の身体に興味はないと、以前レオが言っていたのを脳裏に再生しながら感謝を述べるとシャトナは素直に喜んでいた。