老衰



周りを確認するよりも早く、オレは力なく倒れた体を抱き起こした。「ウノ様、ウノ様」と呼び掛ける。ナイトもすぐにオレのもとへ駆け寄った。目を覚ましたとき、それはカノンではないと信じて、ひたすら呼び掛ける。すると、ビク、とまぶたが揺れた。



「……あぁ」



目を開いた。まぶたを開けた。黒い瞳がまっすぐ天井を見上げたあとオレとナイトを行き行きする。

唐突に部屋に爆音がなった。そちらを見れば、そこには扉を破壊したシャトナとレオが息を荒くして立っている。二人がこの訓練室に入ってからすぐにサレンが魔術で扉をつくって廊下側と訓練室を隔てた。
シャトナとレオが全速力でこちらに走ってくると、オレとナイトと同じようにウノ様を囲んだ。オレたち四人を視界いっぱいに入れるとウノ様はゆっくりと、優しく微笑んだ。
カノンが消えたことを確信したエテールはゆっくりと背を向けて死んだシャラのところへ歩いていった。



「成功したか……。カノンの魂のみを抜き出すことが」



ホッとした表情を浮かべる。シャトナとレオの涙腺は崩壊して顔がグチャグチャになっていた。辛うじて「ボス補佐」として涙を頬に流さなかった。――オレはやはり何の感情も抱かなかった。



「ははは、幸せだ」



初めて聴くウノ様の肉声は低く穏やかで、弱々しく、今すぐにでも消えてしまいそうだった。



「私は幸福者だ。ナイト、ソラ、シャトナ、レオに囲まれて死ねるなんて」

「ウノ様ぁあっ」

「こらこら、泣くなシャトナ。子供みたいだぞ」



ふふ、と。やはり弱々しい。しかしウノ様は清々しい表情をしていた。これがウノ様にとって幸せ。死んでしまうことが幸せだというのか。死は絶望なのではないのか。シングとミルミが無念に散ったあの瞬間を、深青事件のときブルネー島で殺した数々の島民。暗殺の仕事で殺した標的や、シャラ。みんなみんな、幸せに死ぬことはなかった。こんなにも清々しい表情で、幸せだと言いながら満ち足りた声を放つ死をオレは知らない。



(……知らない)



胸の中で呟きながらウノ様を目に焼き付ける。ウノ様は目を閉じていた。まだ息はあるものの浅い。ナイトがウノ様の手を握りしめる。



「ウノ様。お疲れ様です。今までありがとうございました」



まるで仕事が終わったあとのような声音だ。感情を圧し殺したいつも通りのナイト。ナイトが包むウノ様の手。それにシャトナとレオの手が重なる。
オレが重ねる間もなく、ウノ様は短命な異能者の運命に沿って、幸せそうに息を引き取った。