地獄への道



ウノが同志を打ち倒している最中、カノンは召喚を行っていた。死者を召喚するのではなく、れっきとした死属性の獣を。
カノンは手前で召喚陣を描いていたが、その召喚陣そのものは巨大だった。地面に比例した空中に浮かび上がり、カノンの手元と同じように徐々に描かれていった。醜い黒色が陣をゆっくりと完成に近付けていく。

魂に直接感じる悪寒を感じて、ウノはその召喚陣の完成を中断させようと地面を浮遊能力で割った。
地面を割るということは地属性の魔術でも中級魔術に及ぶ。規模によっては上級魔術に匹敵する高度な異能だ。また、能力者でも「地面を割る」そのものに近い形で実現できるものはあるが、浮遊能力では不可能だ。しかしウノはそれを可能にしている。その強大な能力を前に、カノンは冷静に対処した。
なんと、召喚陣を描いていないほうの空いた手で別の召喚陣を描き始めたのだ。二つ同時に行う召喚術は通常では考えられない。不可能と言い切るほどではないにしろ、やはり他の召喚師とは比べ物にならない実力を誇っている。

ウノとカノンの実力は、確かに圧倒的だった。
ここがリャクの創り出した異次元の世界で運が良かった。これでもこの異次元に対する被害は最小限に押し留めているのだ。ウノが割った地面は何十メートルにも及び、その底はまさに奈落。それに対してカノンはただ、足下に召喚陣を設置しただけだ。陣は物理的に存在していないのに。
人間を超えた人間の戦いだ。怪物や魔物の比喩することですら安っぽい。他で戦闘をしているソラたちに被害が及ばないのが、まさに奇跡だ。いくらリャクが抑え込んでいるとはいえ、異次元を破壊しかねはない二つの力を相手にしているのだ。現実のものとは思えないほどのウノとカノンの異能を、さらに覆うことのできるリャクの魔術師としての実力も、存在しているとは思えない。



「召喚術第六法、第三層――」



カノンが自分にだけ聞こえる声で、召喚先の指定を行う。魔術師の呪文と違い、言葉は必要でないのだが集中力を高めるときについ口から出てしまう。
カノンの恐ろしいほど真っ黒な陣はほとんど完成していた。ウノが中断させる暇もなく、陣は描かれる。



「――"ヘル"」



カノンのその冷たい声が呟いたとたん、カノンの手元に描いてあった召喚陣が消えた。そして宙にあった陣は動き出し、中から大きな人影が現れる。
ウノが相手にしていた同志はざわめいた。気味悪い声が波紋するように広がる。そして、陣のなかからでてきたのは巨大な女だった。

ボロボロのドレスに、長い長い銀髪。決して綺麗とは言えない髪から覗くのは血走った眼だ。体の左半身はたしかに美女であったが、右半身はお世辞にも美女とは言いがたい。枯れ果てた老婆のような体つき。そして黒く腐った肌の色。十数メートルもある大きな体とその容姿は非常に醜いものだった。



「ウノ。貴様は我の肉体に手を出せない。いや、出しにくい。この肉体はあとで貴様が入るつもりなのだろかう? この頭を吹き飛ばすのも、四肢をもぎ取ることも、潰してしまおうとも、爆破させようにも、……貴様にはできない。戻った瞬間に貴様は死ぬ。なにもしなければ少しくらい時間があるかもしれんがな」

「その肉体は私のものだ。お前にくれてやった覚えはないぞ」

「強がりは止せ。どうやって我の魂をこの肉体と分離するつもりだ?」



嘲笑するカノンに、ウノは簡潔に「死ね」と言った。