何もない目の前


ナナリーは人差し指と中指を真っ直ぐに立て、他の指は折り畳んだ右手を胸の前に組んだ状態を維持しながら何もない目の前を見た。



「あの、リャク様」

「なんだ」



リャクは腕を組んだままだ。リャクの後ろにはサレンがおり、彼の隣にレイカが不安げな表情でいる。いま、ここには研究部しかいなかった。廊下にはうじゃうじゃと話を聞き付けたギャラリーがいるだろうが、ギャラリーたちにはウノとカノンの様子はわからない。そして、リャク以外のこの部屋にいる研究部も詳細はわからなかった。



「リャク様の魔術、これはなんですか?」



ソラたちがいた場所には誰もいなかった。リャクが魔術を唱えた瞬間、全員が煙のように消えてしまったのだった。謎が多い天属性の魔術は、補佐のナナリーでさえも完全に把握はできていない。



「オレが開発したこの属性に天属性と名付けたのはお前だろう。お前なら大方わかるはずだ」

「……神の力にしか見えないほど奇跡的な魔術だってことで天属性とつけたんですけど」

「そうだな」

「まさか異次元魔術ですか……?」

「75点だな」



ナナリーはとほほ、と肩を落とした。
普段は誰にでもきつく当たるリャクが珍しく人を罵ることなく模範解答を言った。



「空間歪曲……、それから異次元移動、幻、五感支配、物質形成、自動展開魔術を同時に使っている」

「えっ!?」

「なんだ。オレが複数の魔術を扱うなど、今更驚くことではないだろ」

「そ、そうですが……、どれも中級、上級魔術じゃないですか! それにしては詠唱が短かったですね。事前にある程度詠唱しておいて維持系魔術で維持してたんですか?」

「それは満点だ」



満点と言われてナナリーは素直に顔の筋肉を緩ませた。すると、背後からクスクスと笑い声がして若干睨みながら振り向いた。



「サレン!」

「いえいえ、笑ってませんよ」

「笑ってたでしょ!」

「笑ってました」

「ほら!」

「だって、リャク様のひとことで今ナナリーはものすごく幸せそうにしていましたよ。大人で、しかもリャク様の補佐であるナナリーが、リャク様のひとことで」

「ああ、もう、恥ずかしくなってきた!」

「おいナナリー、封術が乱れてるぞ。サレンもナナリーをからかうな」



リャクは呆れた様子だった。
ナナリーはもとの体制にもどって封術の維持にとりかかり、サレンは笑いながら隣にいるレイカの頭を撫でくりまわした。ソラたちの身を案じているレイカは強がりに笑ってみせる。ついこの間、シングとミルミがいなくなったばかりなのだ。不安になるのは当然のこと。ただ、何もない空間をひたすら見守っていた。