贖罪


    
オレと、姉と、エマの血を吸った砂浜は赤く醜い色となっていた。
願いが叶った。ずっと、ずっと殺したくて堪らなかった願いが、ようやく、この手で。やっと姉を殺したのだ。五年前からずっと殺したかった。なのに、オレには死の実感がなかった。なんとも悲しくない。嬉しくもない。寂しいわけでもない。当然、涙は出ないし、笑みも浮かばない。唯一の家族だった姉を殺しでも心境にはなにも変化はなかった。
期待していたのだ。少しは悲さというのが理解できるかもしれない。少しは死の実感があるかもしれない。命の重さを焼き付けられるかもしれない。と。

人を殺して、死の実感が欲しかった。

みんなが葬式で泣く理由がわからない。
シングとミルミが死んで、何が悲しくてルイトとジンとレイカは泣いていたのだろうか。
ウノ様が死んだとき、どうしてナイトとシャトナとレオは悲哀したのだろうか。
カノン様とシャラが死んだとき、エテールはどうしただろうか。
シドレとワールが死んだときアイはどう思っただろうか。
ミントとハリーが死んだと知ったとき、マレとエマは泣いただろうか。
テアが死んだとき、悲しむ人はいただろうか。
エテールが死んだとき、心を痛めた人はいたのだろうか。

なぜ泣く? なぜ悲しむ?
なぜ私には理解できない? どうして私だけ欠落しているのか。なぜその部分が欠落しているのか。
その答えはどう探しても見つかることはなかった。
マレを殺した今でも、一切理解できない。
だから命の重さは理解できない。理解できないことが、悔しい。

泣いている友の背を黙って見ることしかできなかったのが嫌だった。こんな私がどんな言葉をかけようとも、その言葉に力はない。両親が死んだとき、嫌というほど理解した。両親が死んで、私が得たのは欠落だけだった。

ああ、今日も綺麗な夜空だ。吐き気がするほど気持ちが悪い。
金色の月も、輝く星々も、目も当てられないほど奇妙。奇怪。
そんな光を吸い込むようなルイトの綺麗な金髪に目が魅かれた。まぶしい。私が憧れていたのはルイトのような情に動かされやすい優しさだったのかもしれない。


「うわ、刻印だらけ」


左腕の包帯を外し、両手を見るとそれは黒いへんな文字ばかりだった。もう全身は刻印に埋まっていることだろう。溜息をついてルイトから離れる。


「死ぬよ。私」

「……ああ」

「身勝手ばかりしててごめん。今まで世話を焼いてくれてありがとう。本当に、ありがとう」

「気にするな。俺が勝手にしたことだ」

「私の死体はこの島に埋めてくれると嬉しい。あと、姉ちゃんらの分も。あのまま放っておくのはさすがに可哀想だ」

「わかった」

「……ルイト。遺言だ」

「……」

「どうか、ルイトには長生きしてほしい。人生が詰まらなくなっても、病気になっても、寿命になるまで死なないでほしい。私、生きることしか考えてこなかった人生だったからさ。なんだかんだでルイトを縛ってたわけだし。ルイトには迷惑ばかりかけてきたことくらいは自覚してるから。私の分まで生きろ、なんてことは言わないけど、できるだけ長生きしてほしい」

「ああ、ヨボヨボのジジイになるまで生きてやるよ」


右手には妖刀の柄。左手には妖刀の峰。刃を首筋に当てる。
姉と同じように断頭する。
罪人の処刑といえば断頭が一番だろう。


「ルイト。あっち向いてたら? グロいから」

「何言ってんだ。目は逸らさねえぞ」

「涙でぼやけててまともに見えないクセに」


苦笑する。
ルイトの表情はなんとも言えないほどボロボロだ。さっきから涙は絶えないし、声なんて裏返ってばかりだ。


「ルイト。私のことは忘れていい。いい人生を」

「忘れねえよ。自分勝手で乱暴で無愛想な男みたいな親友のことは」

「酷い言い様。……ありがとう。ほんとうにありがとう。ルイトがいてくれたから私はここまで生きて来られた。感謝してる。ありがとう。好きだよ、大親友」

「何回ありがとうって言うんだよ。ソラが居てくれてよかった。ありがとう。俺も好きだ、大親友。……ありがとう」

「うん。ありがとう。――さようなら……」


大泣き、なんて騒ぎじゃない。ルイトの泣き様は。
さようならが言える人生の締めくくりは上々だ。
死に際にこんなにも泣いてくれる人がいるなんて幸せ者だ。
かけがえのない親友を得られた人生。
案外、悪いものでもなかったかもしれない。

この手で殺めた数えきれないくらいの人々。誤っても許されるものではない。私が死んだところで贖罪しきれるほどの罪ではないでも、人を殺めることでしか生きる道を知らない私がこのまま生きているわけにはいかない。

ルイトの泣き顔を目にしっかり焼き付ける。
表情が緩む。もう一度ルイトにありがとうとさようならを告げた。ちゃんと声が出ていたのか分からない。自分を殺すことで死の感覚が得られるとは思わない。

ただ、死に際に泣いてくれる人がいるのは嬉しいと同時に切ないものがあった。
満月が私を見下ろす中、鳴き声が響く浜辺で、私は両手に精一杯の力を込めた。

血生臭く汚れた人生だった。罪ばかりの人生だった。決して良い人生なんていえるものではない。
でも、ルイトがこうして泣いてくれるのなら、これもよかったのかもしれないと思わせられる。

今まで殺してきた人々すべてに、贖罪を。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。身勝手なわがままに巻き込んでしまって。命を奪ってしまって。

ぽつり、ぽつりと雨が降る。頬に雨がつたう。

私は首を、落とした。