出る涙もない



浮遊能力者のできる攻撃の範疇を超えたウノの攻撃は続いた。

カノンが攻撃のために取り出した、ただ真っ黒なカードに先ほどあげた水飛沫が突き刺さり、召喚術の邪魔をする。幾度となく召喚術を邪魔するウノにキリがないと判断したカノンは、己の武器であるカードを放棄した。

カノンが召喚陣を使わず召喚術を使う、極めて異例の召喚師だというのはよく知られている。その上、死属性だ。そのカノンが召喚陣を使わないというのは客観的な見方で、第三者が騒ぎ立てたにすぎない。カノンのカードの中には独特の召喚陣が存在し、黒いカードのせいで見えないだけだ。
召喚師が召喚陣を使用しないなどあり得ない。



「くっ」

「私の肉体から出ていけ!」



黒いカードに穴が空いてしまっては使い物にならない。湖に持っているカードを投げ込むと、カノンは右手を動かして、真っ黒な線を空間に描き出した。普通の召喚師がやるように、空中に描いたのだった。
その召喚陣には穴を空けられない。ウノは悪態ついた。



「そろそろ死ね」



カノンが言うと、その召喚陣が大量に複製され、地面に出現した。そこから現れたのは悪臭が漂う人。死体だ。真っ白な肌が、着ている服の間からわずかに見える。その、着ている服が、ウノの記憶を呼び覚ました。



「貴様……っ、どうしても死にたいようだな!」

「ほう。この程度の挑発にのるか」

「のってなどいないわ! 貴様の魂を引き抜くことができるくらいには落ち着いている」

「ウノにはこの肉体を傷つけられないから、魂引き抜くことしかできないだけだろうが」



カノンが鼻笑いを交えた。カノンの揚げ足をとるような態度にウノは平衡感覚が鈍ってしまいそうに怒った。しかし理性がなんとか、なんとか、殺戮本能を押さえつけていた。カノンの挑発にはのってはいけない。

しかし、これはあまりにも酷いじゃないか。

カノンが召喚した死体は軍服を着ていた。ウノが、かつて国のためを思って着た、軍服だ。見覚えのある顔もある。

カノン・レザネード掃討作戦のときに死んだ同志たちが死体となって、カノンに操られる人形として、ウノの前に現れたのだ。



「ゲスめ……!」

「何とでも言え」



ウノはその死体を潰し、千切り、消し、叩き付け、肉の塊にした。
カノンに操られている仲間など見てられなかった。

涙は無い。


「同志を肉塊にするとは……。ゲスはお互い様だな」