痛い。
そう訴えようにも初には声が無かった。口から出るのは空気ばかりで空気を震わせることなど一切できない。

サトリの青年は初の細腕を掴むとそれを口に運んだ。初はギュッと瞼を閉じる。予想以上の激痛が脳を直撃した。
青年は初の腕を喰った。まるごと食べてしまうのではなく、かじっている。抉られ、血はダラダラと初の綺麗な服を汚す。青年はモグモグと口を動かしていた。あの鋭い歯で初の小さな肉片を分解している。ごくん、と喉が動いた。青年の目はまさに獣の目をしており、初は怖くなった。

怖くて、痛くて、怖くて、痛くて……。
まだ幼い初はただひたすら勇気を振り絞った。恐怖に、激痛に打ち勝て私、と。止めどなく血が流れる腕にまた青年の口が近づく。本当は手を引いて、母に助けを求めたかった。涙が出そうだった。泣き叫びたかった。どこかへ逃げたかった。青年が怖い。
しかし初は逃げない。抵抗もしないでされるがまま、青年に身を任せた。どうしても初は友達というものが欲しかったのだ。それが目の前にいる青年であればいいと思った。心優しい妖怪。彼ともっと仲良くなりたいと。




「……ごめん」



初の手を額に当てて青年はあやまった。腕に垂れた初の血を必死で舐めとる青年。その行為が人間離れしていて彼は妖怪なのかと初はこのとき改めて思った。




「……」




くすぐったいです。
初はそう思いながら肩を揺すった。激痛は絶えず初を攻撃する。青年は自分が抉った初の傷口も舐めようとしてやめる。近くにあった救急箱を引っ張り近くに持ってくると不器用に初を治療した。

薬が染みて初は痛い痛いと繰り返しながら涙を流し、その様子に青年は重たい息を吐いた。



「……変なの。俺が食べたときは泣かなかったのに今は泣いてる。
本当ですね、不思議……、っ痛い、いたいです。染みてますよ、薬の付けすぎ!
え、あ、ごめん。あと食べちゃってごめん。実は俺も友達が居たことなくて、どう試したらいいのか分からなかったから……。俺は人を食べる妖怪だ。現代に入って散々たらい回しにされてきたから疑心暗鬼で、初が信じられなくて。ちがう、初を受け入れることができなかった……」




混乱しているのは初ではなくサトリの青年だった。涙を流して痛みに耐えながらも相づちをして初は一生懸命に青年の話を聞いた。



「少し、考えたい。初のこと。初が本気だってわかってるからどうしたらいいのかわからない……っ」



涙を流す初がうつったのか青年も泣きそうだった。