「あなたの怪我が治るまでいくらでも私を試してもらっても構 いません」と、言われても……。青年は縁側に座り、空を見上げながら考え込んでいた。初は素直に思っていることを隠しもしなかった。青年と友達関係になりたいというのも、試してもらいたいというのも。
青年が泊まる部屋のすぐ近くにある縁側に行けるほど怪我は回復していた。なんも試練を与えてはおらず、初は心の読める青年に飽きもせず傍にいてくれる。

ちょうど今は勉強をしているようで、青年の傍にはいない。青年はひとり、ぼんやりと空を見上げていた。



「どうせ初も手のひらをかえすに決まってる……。――試す……か……」



青年は傾く太陽を眺めている。
太陽のことなど忘れてしまったかのようにゆ、雲はまるで時間を表現しているようにゆっくりゆっくり形を変えて進む。

眠ってしまいそうなほど静かな時間が流れた。
ふと廊下をあるく足音がして、青年は目をあけた。小刻みに進む足音。急いでいるようで音の感覚は短い。初が青年のもとへ来るときの足音はこれだ。
初の姿が見えた。青年は愛想などなく無表情で初を迎えるのに、初は優しく微笑んでいた。



「……ずっと考えてた、初のこと。友達になりたいなんて言うけど、俺のことを知ったらすぐに裏切ると思う。だから友達になりたいって言ったことを撤回してよ」

「……」

「俺は、俺は」

「……」



不思議そうな顔をしていた初はやがて真剣に話を聞く姿勢になって静かに青年の言葉を待った。青年の声はだんだん震えていき、苦しげな表情をみる。



「俺は妖怪なんだ。……怪異とも呼ばれている化け物なんだよ……? サトリとも呼ばれている妖怪で」



初は青年の姿を確認した。妖怪らしい目立った所はない。体の所々にある肌は髪と同じ色をしていて不思議だとは思っていた。瞳が人間離れしている。爪や歯は鋭利で武器として活躍しそうな雰囲気ではあった。注意深く青年をみれば、たしかに人間らしくはない。
それでも初は優しげに微笑んでいる。

サトリとは人の心を読む妖怪だ。山奥に暮らし、人と共存したという話もある。猿のような姿をしているらしい。とくに問題は無さそうな無害な妖怪が大半だが、一部は人を喰うと言われている。

その知識は初の頭にあった。それでも幼い彼女は青年の隣で微笑んでいるのだ。



「俺は人の喰う。初みたいに抵抗する力がない人間は食べやすい。俺、おなかがすいてしょうがなくなったら初のこと……喰うよ。
あなたは優しい。私のことを食べようなんて思っていないはずですよ。
予知でもしたの?
いいえ。あなたを見ればわかります」



相変わらず優しくする初の肩に青年の手が伸びた。鋭利な爪をもつ手が荒々しく初の肩を掴む。