駅を中心になるこの小さな町は周りを山々に囲まれており、冬は雪があまり降らない。同じ県の北側はたくさんの雪が降るのだが、その雲は山々に阻まれてやってこないのだ。
町で雪を見る珍しいこの日には帰宅する高校生や社会人が駅に、自宅に、もしくは別のどこかへ向かっている。雪で遊びながら帰る男子高校生や鬱陶しそうに顔をしかめる社会人など、たくさんの人が行き交う小さな通りを初は母親の、となりを歩きながら眺めていた。
長い漆黒の髪をゆらゆらと揺らして歩く初は中央公園に着くと、池を目指して駆け出そうとした。が、はしたないと母親に怒られてしまう。歩いて池までいくと鯉は喜ぶように初の周りに集まってきた。初は頬を緩ませてそれらを見ていたが、ふと、目を池から離して周りを見渡した。

なにか良くないモノの気配がする。
初は首を傾げて目を凝らし、好奇心に促されるまま足をゆっくり動かした。

初が池から離れていることは母親は知らない。近くの自動販売機で自分と初のぶんの飲み物を買っていて初から目を離してしまったのだ。二人ぶんの飲み物を両手に池まで戻って驚く。
自分の娘が忽然と姿を消したのだ。

初は雪に小さな足跡を点々と残しながらふらりふらりと正体不明の気配を探していた。その気配は良くないモノではあるものの初は恐怖を一切感じていなかった。不思議なことに。
交通ルールを守って横断歩道を渡り、電気屋のある道を通って暫く行くと左手に人気のない道がある。ふと雪を見下ろすと、そこには赤い斑点が描かれている。初な顔色がさっと悪くなった。



「……っ」



声がだせない初は息を飲んで斑点を辿った。道の終わりはすぐにやってきた。そして斑点をこぼした不思議な気配の正体が見える。



「……」

「どうしたのですか?」

「!?」



自分の思ったことと同じことを言われた、と。突然話しかけられた。その二つに驚いた。
しかしすぐにそれらは頭の隅に追いやられてしまう。

雪のなかをひとり、ポツンと青年が座り込んでいた。年代を感じさせるボロボロの着物を着ており、その隙間から見える肌の半分はどこか人間離れしている。まるで猿のように思える
彼は自身もボロボロだった。血だらけで、雪が真っ赤になってしまっている。腕はちからなく投げ出されており、いまもなお血が染みていた。少しも身体を動かしておらず、すでに死んでしまっているようでもあるが、彼は口を動かした。初が思っていることを。



「どうしたのですか? 大怪我をしているようです。手当てをしないと! し、止血はどうやるのでしょう。布を巻いて血を止めるのでしょうか?
……君、誰? 退魔師のひと?」



はじめて青年は顔をあげて初を見た。くるんくるんと落ち着きのない茶色の髪が左目を隠して肩まで延びている。手入れのない髪なのだろう。あちこちが跳ねていた。右目は金色で、獣のような瞳をしていたが、怪我をしているせいか弱々しい。まるで助けて欲しい、と懇願しているようにも思える。