真っ白な雪がしんしんと降るその日――退魔師が帰った翌日――、両親が青年の居候を認めた。初が寝ている一晩中、父と青年が母を説得し続けたのだ。ただで居候をするわけにはいかないと思った青年は侍女たちに仕事をわけてもらい、少しでも役に立とうと心掛けていた。また、初の翻訳もすすんでやるようになり、初が申し訳なく思ってしまうほどよく働いた。

その夕方、初と青年は縁側に座り、静かにある問題に直面していた。
それは青年の名前だ。
周りの人は皆、青年の呼び名について困っていた。名前がないので「サトリ」さん、と呼んでいるのだがそれは彼の名前などではない。名前がないなら名前をつけよう、つけるなら初がつけたほうがいい、ということから初が考えることになったのだが命名などまともにしたことがない初は一日中悩んでいた。



「初、いままでなにかに名前をつけたことがあるの?
……この前作った雪だるまに雪五郎と名付けたくらいです。あとは琴に琴子と。
あ、安直というか……。個性的だとおもうよ。
……はっきりおっしゃってください……。気をつかわれると悲しくなります……。
ネーミングセンス、ないね。
うう……。横文字なんて使って……」



縁側に置いた紙の上にポタポタと墨が落ちる。初と青年の間には山ほどの紙が積み上がっているが、どれも採用されぬ名前だ。初は先程から名前に「雪」をつけることにこだわっていた。



「雪?
はい。あなたと出会ったのは雪の降る日でしたので、雪は入れたいと思っています。
わあ。これは命名が楽しみだなー。
あまり期待をしないでくださいね」



初は照れ笑いをして、筆を紙に滑らせた。
青年は隣でそれを目で追う。白い紙に書かれたその文字は「雪之丞」。
青年はその名前に喜んだ。



「初、初! これこれ! これすっごくいい!」



初はふと思い付いた名前だったため、どうしてそこまで青年が喜ぶのかわからなかったが、青年が気に入ったのだからこの名前に決定しようと決めた。
満面の笑みで子供のように大喜びする青年――雪之丞をみているだけで初も不意に頬がゆるんだ。

「雪之丞」の「丞」には「たすける」という意味がこもっている。雪之丞は初にたすけられた。孤独から救いだし、生かして友達にしてくれた。そして雪之丞もまた、初をたすける。
雪之丞はこの名前を大事に大事していこうと胸に深く刻み込んだ。