誰が何を言っても初は青年を離そうとはしなかった。初が必死に青年を庇う言葉を言おうとしてもそれは音として誰かに伝わることがない。サトリの青年のみが初の言葉を受け取っていた。
青年は参ってしまった。このまま自分の首を退魔師にくれてやるのは悔しいが、抵抗できない状況であるのは確かで諦めていたというのに。どうしても初の感情が邪魔をする。本気で、心の底から青年を想う気持ちが。

青年は人間の女性とサトリの間に生まれた妖怪だった。半妖怪、という捉え方もあるのだが、彼は人間よりも遥かに妖怪という存在に近い。青年をサトリととらえた方が人間と捉えるよりも正しい。
彼が生まれたときの環境はとても平穏としていて、人間と妖怪が共存する小さな村に生まれた。サトリというのは人に害を与える妖怪ではなく、共存できる妖怪だ。しかし時代は流れ、その村に人が少なくなるとダムに沈められることになった。追い出された青年には身寄りの親戚がいるわけでもなく、共存できる人間ももういない平成の世で孤独でいるしかなかった。食べ物がなく、目についた人間を食べてなんとか生き続けていた。ウジャウジャと増える人間なら数人居なくなったって誰にも分からないだろう、と、以前人間と共存していたとは思えない考え方をとるようになったのは、孤独のせいかもしれない。時代の流れが、孤独が、本来の青年というものをわすれさせていた。

ついに、青年が涙を流した。

初の優しさが痛くて、辛くて、悲しくて、懐かしくて、嬉しくて、感じたこともない感情がグルグルグルと巡る。ポロポロと涙を流している。無意識だったようで、涙が頬を通ると驚いて肩を弾けさせた。
初は青年が泣いている様子をみるとすぐに、その小さな手で青年の頭を優しく撫でた。自分よりずっと小さな初を抱きしめ、青年は涙を流し続ける。



「……ご両親、あのサトリをこの家に預かって貰えませんか?」

「え?」

「彼、本来は人を喰わない温厚な妖怪なんです。あの子がいるなら、きっと二度と人間は食べないでしょう」

「そ、そんな無責任な! 退魔師なら妖怪を殺してくださいよ! もしものことがあったら……」

「奥さん、お嬢さんを心配する気持ちは察しますが、なにか勘違いをしているようです。我々退魔師は妖怪を殺す存在ではありません。怪異に関係する問題の解決を目的にしています。問題は解決しました」

「もし初が食べられたら……!」

「あなたの見る未来にお嬢さんはいないのですか?」

「!」



まだ歯向かおうとする初の母を父が宥めた。父も彼を信じようと思ったのだ。それに、初を抱きしめているのはもう人を喰う妖怪ではない。初の友達だ。



「初、初、俺と友達になってください……っ」