夕食、初は母に腕の包帯のことと青年のことを聞かれた。腕の包帯のことは後回しにして、初は箸を置く。
近くにしまってある紙と筆ペンを持ってきて青年と友達になりたい旨を伝える。母も隣にいる父も唖然とした。



「な、何を考えているの!」

「そうだ、初。少し冷静になりなさい。彼は妖怪だろう? 妖怪と仲良くなれるわけがない。考え直しなさい」

「ああ……、この子の為とおもって学校に行かせなかったのが間違いだったのかしら」

「たしか侍女のなかに子持ちが何人かいたはずだ。その子たちに初と遊んでもらおう」

「ええ、そうね。それがいいわ。だから初、あんな妖怪と友達になろうなんて馬鹿なことは言わないで」



初は呆気に取られてしまった。なぜ両親が青年のことを嫌うのか訳がわからなかった。ペンを動かすことも忘れて、初は奥歯を噛み締めた。青年は優しい。優しい妖怪なのだ。唯一自分の考えていることも理解できる、優しい妖怪。



「まさか、その包帯は妖怪にやられたわけじゃあるまいな!?」

「! 見せなさい初!」



急に騒ぎだして両親は初を取り抑えた。嫌だ嫌だと訴えようとしても声などない初に伝える術はない。大人の力に敵うはずもなく、あっさり初の傷が露になってしまう。
明らかにかじられた酷い傷。血は止まっているが見るに絶えない傷口だった。絶望をする二人を振り切って初は青年の部屋に逃げた。すでに床についていた青年は泣いている初を見て驚いた表情をした。
初が青年に泣きすがる。初の考えていることやつい数分前の記憶を読み取る青年は初の包帯を巻き直しながら仕方がないと呟く。



「俺は妖怪だ。愛娘の腕をかじられたとあれば黙っている親はいないんじゃないかな。初が辛い思いをしてそうやって泣くなら俺は明日にでも出ていくから大丈夫。治療の恩返しできそうにないけど」



初は悲痛の表情を浮かべた。
嫌だ嫌だと首を一生懸命に振る。自分は我が儘だと思いながらも、しかし青年がいなくなってほしくないと思いながら。
なにも返事ができないまま青年はただ初に泣き止んで欲しいと背中を擦った。やがて初は泣き疲れて眠ってしまった。

言動は大人びているもののやはりまだ幼い。風邪をひかぬようにと初を布団に寝かせて、青年は縁側に出た。真冬ほど寒くはないが、桜が咲くのはまだ先だ。今年はいつ桜が咲くのだろうと、桜の木を見ながら青年は耽った。