エピローグ
 
 

午前0時を過ぎた。

日付が変わった。



――――――――



翌日、九条が起きたのは午後5時を過ぎたくらいだった。目を覚ますと既に外は暗く、ぼんやりと外を眺めた。いつも、この時間であるなら小学生が駆け足で帰宅する足音が聞こえるのだが……。



「あら、やっと起きたの、九条」



いつもの調子で高蔵寺が学生鞄を床に下ろしながら言った。それで九条は覚醒し、ポケットにいれたままだった携帯電話を開いて日付を確認する。12月21日。日付は変わっていた。



「日付、変わりましたわよ。……ごめんなさい」

「高蔵寺のせいじゃない。俺も望んだんだ」



静寂のなか、九条と高蔵寺が目を合わせ、やがて第三者によってその静寂が破られた。



「お、やっと九条起きたの?」

「赤神! まだ話は終わっていません!」

「えー。なんだっけ、なんの話してたっけ? もうすぐクリスマスって話?」

「教会の話ですよ! クリスマスじゃなくて、僕が担っている任務の話! 僕は赤神を殺さなくてはいけないんですよ! ぜんぜん聞いてないじゃないですか!!」



赤神と高橋が九条の寝ていた居間に入ってくる。赤神の意識は完全に九条と高蔵寺に移り、高橋から離脱してしまっていた。そのせいで高橋は拗ねていた。



「……二人とも、うるさい」



ここには九条と高蔵寺しかいないのだと思っていたが、居間から繋がる台所でロルフが昼寝から目を覚ました。そんなところで寝るなと高蔵寺が叱ると、しょんぼりした様子で二匹の狼と居間に入ってくる。



「今日、学校へ行ってきましたわ。辻のことを改めて聞いてきましたの。……まあ、これはあとで話しますわ。今日はお鍋ですのよ。明るいことをしましょう。みんなが揃うのは今日までですわ」

「?」

「金神はそろそろ移動するそうで。雪女も、ここは生きにくいとのことで、二人とも明日この町から出ますわ。だからお鍋にしますわよ!」

「なんで鍋になるんだよ」



そこで鍋を選択した高蔵寺に九条は首を振る。 と、噂をすれば影が射す。金神と雪女が間にダンを挟んで口論しながら居間に入ってきた。全員が揃い、高蔵寺は夕食の準備にかかった。高橋がそれを手伝う。



「で」



と、九条は近くにいるロルフと赤神に話し掛ける。



「お前らはこれからどうすんだよ」

「九条はどうすんの? あたしは九条に教えることが山ほどあるからあんたに寄るんだけど。あと高橋もおまけで着いてきそう」

「俺は最低、高校を卒業するまでここにいるつもりだ。そこから先は決めてない」

「九条、吸血鬼になったのに人間の生活を送るっての? ああ、まあ、今はその話はいいや。じゃああたしと高橋はここに留まることになるね。犬は?」

「……犬じゃない。……俺、どうせ行くとこ、ないし。ここにいる。ドイツ行く約束、したし」

「そうだね。ってことだよ、九条」

「ダンは?」



ソファに深々と座り、足を組むダンは唐突に話を振られて左目を少し丸くした。そして不快を表情にあらわす。表情どおり、普段より低めの声を発した。



「あのなあ、何か勘違いをしているみたいだが、俺はお前らの仲間じゃないぞ。そもそも、俺があの家から出ていく理由がない」

「なんだ……ほとんど現状維持……、だな」

「おお、現状維持なんて言葉を知ってたのか、犬」

「凄いじゃん犬! あんたやれば出来る!」

「犬じゃない……。これは……高橋に教えてもらった」



珍しくダンが人を誉め、赤神から頭を撫でる。ロルフは脱力感の残る顔で笑った。誉められて嬉しいようだ。



「おい、待て貴様ら。勘違いをしているぞ。貴様らは五年間1日を繰り返し、『現在』と食い違いが起きている。貴様らは五年間この町から出られんぞ。食い違いをこの土地で修正しなければいかん」

「私や金神はあなたたちと事情が違うから出られるんだけど……。私たちはあなたたちみたいに元人間じゃなくて、根本から人間の血は混じってないから出られるのであって。人間の血がなければ世界から修正を受けないの。神や妖怪は存在そのものが人間とかけ離れた現象に近いのよ」



ぽかん、と。そう、まるで時が止まったかのように、誰もが静寂となった。その静寂を破るのはやはり赤神。彼女はテーブルを叩き――テーブルは大破した――大声を張った。



「あたしたち出られないの!?」

「五年だけよ」

「なーんだ、たった五年か」

「五年も出られませんの!?」

「高蔵寺ちゃん、たった五年よ?」

「そうだよ。たった五年だけだって」

「雪女と吸血鬼の価値観を人間に押し付けないでくださいます!?」



ああ、と、大根を持ったまま高蔵寺は座り込んだ。絶望に染まった彼女に誰も掛ける言葉が見つからない。近くで調味料を量っていた高橋は驚いて後ずさっている。



「……まあ、べつに、楽しく過ごせるなら……、俺は構わない」

「俺も別に出る用はないし。まあ、現役学生の事情なんて知らんが」

「皆で言霊を使って願いをかなえたんですから、その代償と思いましょう」

「五年も出られないのか。めんどくさいな……」



どれだけ拒絶しても、これは受け入れることしかできない。九条も高蔵寺も観念する。高橋の言う通り、これは代償のようなものだ。それに、みんな、五年を不幸と思わないだろう。変化のなかった五年に比べて、次の五年は何があるのか分からない。孤独も飽きもない明日を。



「高蔵寺、鍋はまだか?」

「そういうなら手伝って欲しいですわね。九条」