午前0時過ぎ
 
 

高橋は九条とロルフを連れて天井に昇ることにした。雪女は「お化けが出そうで行きたくないわ」と信じられないことを口にして、天井には昇っていない。ロルフも、狼たちは梯子を昇ると危ないということで二匹の狼を雪女に預けておいた。



「……埃臭い」



九条は手の甲で鼻と口を抑えた。
吸血鬼の眼は暗闇でも人間のときよりハッキリ視界をうつしだしていた。天井裏は狭く、暫く使われていないせいで埃が積もっていて汚い。
その天井裏の、奥に人影が見えた。先頭をきって屋上に上がっていた高橋は白衣を汚しながら真っ先にその人影の元へ行った。
天井裏へひょっこりと顔だけ出すロルフと、その隣に座る九条が見守るなか、高橋は確かに赤神を抱き締めていた。



「な、に……」

「赤神、赤神! 見つけた!」

「ちょっと、何すんの、離してよ!」

「赤神が自殺をしないというなら離します」

「はあ?」

「自殺なんて止めてください」



あれだけ「高橋さん、高橋さん」とうっとおしいほど取り巻いていた赤神が、今ではいつも通り口の悪い赤神にもどっていた。高橋を好きだと言っていたのは嘘であったのか。



「なんで死にたいなんていうんですか」

「あたしは初めから自殺したかったよ。あんたたち半吸血鬼に殺されたくないのは単にプライドの問題。っていうか、あんたは、あたしを殺しに来た半吸血鬼でしょ? なんであたしの自殺をとめるわけ?」

「知りませんよ! でも僕は貴女に死んで欲しくない」

「……止めてよ」

「初めは敵として、次に仲間として、貴女に接していたつもりだったのに、貴女が居なくなって、僕は」

「止めてよッ!」



赤神は心の底から声を張り出して叫んだ。赤神が高橋の中で暴れるが、高橋が力一杯それを抑制して赤神を離さない。
赤神は恐怖に脅えきった目をつむり、高橋の腕に爪が食い込む。



「愛とか、恋とか、愛してる、だとか、本当に気持ち悪い!! あたしがあんたに『好き』ってほざいてた意味が分かる!? そう良い続ければ、半吸血鬼としてではなく、高橋として殺してくれると思ったからだよ! 恋愛なんて気持ち悪い!! 汚い!! ただの我が儘でしょ!! 私がこんな風になったのも、こうやって苦しむのも全部、全部くだらない恋愛とかいう感情のせい!!」

「貴女が居なくなってはじめて、僕は惹かれていることに気付いたんです。どうして、とか、どこが、とか、僕自身もわかりません。僕が貴女に死んで欲しくない理由は仲間でも、この手で殺さねばならない義務でもありません」

「止めてよ!! 嫌だ、嫌だ、聞きたくない……! そんな戯言なんて、聞きたくないっ!」

「……赤神」

「もう良い、誰でも良い、はやく私を殺してっ……」



赤神の悲痛な叫び声が響く。
九条の隣で、人狼が動いた。