午前0時過ぎ
 
 

ダンは寝ぼけていた。寝惚けているのだ。



「……ん?」



言葉の意味を理解できず首を傾げる。九条は寝惚けているダンになるべく分かりやすく意味を砕いて話した。その内容は主に集団行動をした場合のメリット。高橋も一緒になってダンに理解させ、そしてやたらとメリットを強調する。デメリットなど教えない。



「ですから、どうです?」

「……。俺に仲間になれと……?」

「そうです。いまなら割引がききますよ!」



何言ってんだこいつ。白々しい九条の視線など露知らず。高橋はとにかく「メリット」を精一杯ダンに伝えていた。後半になるとロルフは暇をもて余すようになり、九条はもうお手上げだと何も言わなくなった。雪女だけが高橋の馬鹿げた説得を聞いていたのだ。

そして、それから二時間後。ソファに座り、膝に肘を立てて顔を覆うダンがそこにいた。
ダンが意識を完全に覚醒させたときは既に遅かった。高橋の馬鹿げた説得に承諾してしまったあとだったのだ。「お前、本当は馬鹿なんじゃないのか」と九条に容赦なく言われ、「……犬も歩けば……なんだっけ。どん、まい。……今日からよろしく」とロルフに励まされた。ダンにとって人生最大の屈辱だ。



「穴があったらそこで寝込みたい……」

「それ永眠してるだろ」



どんと落ち込むダンを励まそうなど九条は微塵も思っていない。ダンは何を言われても言い返せないと、どんより、どんよりとしている。



「まあまあ、それよりもダンくんは今日から仲間よ! 仲良くしましょう!」

「……悪夢だ……」

「さあ、じゃあ次は赤神ちゃんよね。ダンくん、赤神ちゃんはどこ? ……正直、男の方ばかりでむさくて……溶けそうよ」



はりきって雪女はダンを問い詰める。メンタル的に弱りきっているダンは「ああ……、そうだな……」と、こちらが心配したくなるほどだった。
ダンの代わりに朝食を準備していた高橋はその手を真っ先に止めてすぐに寄ってきた。



「赤神ならこの真上。天井裏にいる。説得なら勝手にやってろ。俺は赤神に頼まれたものを錬金する。……高橋、朝食はもうできたのか?」

「ああ、はい、あとは盛るだけですが……。あなたは赤神に何を頼まれたんですか?」

「銀の拳銃だ。ちゃんと自殺したいらしいからすぐに拳銃は出来んな」

「な……、拳銃!? シルバーガンですか!?」

「お前の世話にはなりたくないらしい。お前も持ってるんだろ? 吸血鬼を狩るならそれくらい」

「しかし吸血鬼をシルバーガンで殺せるのは聖人か僕達のような半吸血鬼のみです。赤神はこのことを……」

「知らんだろうな。なんせ奴は生粋の日本人。しかも吸血鬼になってからほとんどの人生を一人で、山で暮らしてたんだ。西洋の吸血鬼に関する知識はたまにやってくる吸血鬼狩りが漏らす情報だけだろ。それより朝飯……」

「それどころではないですよ! あとは盛るだけなんですから自分でやってください! それよりも赤神です、赤神を――」

「殺すのか?」

「っ……」



高橋は息を詰まらせた。言葉が出なかった。ダンのその問いに答えられる言葉を失った。
高橋は始め、赤神を殺すためにこの町へ来た。九条たちと出会ってからもそのつもりで、同じ脱出を目的としている、ただそれだけの理由で殺したりはしなかった。いつもふざけているのかと思うほど高橋にベッタリだった。吸血鬼と半吸血鬼として対峙するときは、常に殺気に濡れていたのに一時的な仲間になると彼女は驚くほど陽気だった。そして、いつの間にか高橋にとって赤神とは、本当の仲間になっていて殺すことなど考えることもなくなった。
しかし、考えることなどなくとも殺し合いの関係であることにはかわりない。その現実を、短い微睡みの中で忘れていた。
ダンの口から告げられた現実に高橋は答えられない。だから、最終的に導き出さなければいけない答えを先送りにした。



「今は、赤神も仲間ですから」